自作の小説や詩など

『ニワトリ村』(短編小説)

ある片田舎の小さな村に髭面の農夫がいました。その隣の家には青いバンダナのオヤジが住んでいます。2人は二軒の前に広がる土地の一部を協力して囲って、一緒に鶏を飼っていました。

 ある日曜日、2人は一緒にその鶏たちの世話をしていました。広い庭を走り回って良く食べて太った鶏たちはそろそろ食べ頃のようです。

 「いやぁあちぃな。ところでこいつら、今日あたり捌いて売りに出しても良いんでねぇか?」

 青バンダナが汗を拭いながら言いました。

「そうかもしれんですな。今夜はこいつらの肉で一緒にバーベキューでもしますかえ?」

「がはは、そりゃ楽しみだ!」

 仕事の手を休めた2人は夕食を想像してにんまりしています。

「だいぶ数も増えてうるさかったもんでさ、食べてしまえ売ってしまえで明日からはちっとは朝静かに眠れるかもしれんですぞ」

「それもそうだ、こいつらはキッキルキー、キッキルキーとまぁうるさいでのぉ」

「なんといいました?」髭面が笑いながら聞き返すので青バンダナは不思議そうに繰り返します。

「キッキルキーとうるさいと」

「キッキルキーとは鳴いとらんでしょう」髭面は笑います。

「鳴いとるだろう」「鳴いとらんですよ」「じゃあなんと鳴いとるね?」

髭面はその髭を手で撫でながら少し考えるとこう答えました。

「コッコドゥルドゥー、でしょうな」

「コッコドゥルドゥー!?そんなバカな、ドゥルドゥーとは鳴かんぜ。」

青バンダナも大げさに笑い返します。

「鳴いとるでしょう」 髭面は少しムッとして返します。

お互い引く気のないようで、土をついばむニワトリたちを見ながら彼らの鳴き声についてずっと議論を続けていると、ふと一匹が鳴き声をあげました。

コッケコッコー

2人は互いに自信満々な笑みを浮かべて叫びました。

「おい、みたか、キッキルキーと鳴いたぞ!!」

「ほらコッコドゥルドゥーと言っとるでしょう!!」

「何を言うか。どう聞いてもキッキルキーだっただろう。」青バンダナが呆れ顔で言うと、

「耳がおかしいのではないですか?コッコドゥルドゥーだったに違いない」と強気で返します。

そのあともしばらく2人でニワトリが再び鳴くのを待ってみましたが、その日はもう鳴くことはありませんでした。青バンダナが提案します。

「よし、今日のところはまだこいつら放っておこう。明日の朝だ、こいつらは朝に鳴く。そのときまた確認してどっちが正しいか決めようじゃないか。」 

「良いでしょう、日の出の時間にここにしますか。」

次の日の朝、2人とも日の出前にまた集まってニワトリたちを眺めます。

コッケコッコーコッケコッコーコッケコッコーコッケコッコー
ニワトリたちが鳴きはじめてそれは群れ全体に広がり大合唱となりました。

「やっぱりコッコドゥルドゥーじゃないか。」「いやちがう、キッキルキーと鳴いている。」 

2人の会話は平行線で全く同じことの繰り返しです。いつしか日は高くのぼりニワトリたちはなくのをやめてしまいました。これでは埒があかないと思った髭面は提案しました。

「今日も鶏肉バーベキューは見送るとしましょうぜ。明日のまたこの時間に今度は互いの女房連れてくるんだ。」

「ふん、良いだろう。」

「にしても、毎朝これだけ鳴かれてはうるさくてたまらんですな。」

「ふはは、それは間違いねぇ。」

また次の日の朝。


コッケコッコーコッケコッコーコッケコッコーコッケコッコー


「どうだ、お前。コッコドゥルドゥーと鳴いとるだろう?それをお隣はキッキルキーだと言って聞かないんだ」

髭面の奥さんは少し困り顔で言います。「どうだったかしら…コッキオッココッコーみたいにも聞こえた気がするけど。」

「なんだお前まで!コッコドゥルドゥーだっただろう。」

その横で青バンダナのオヤジとその奥さんも同じ会話をしていました。

「キッキルキーと鳴いとるよな?」「そうねぇ、わからないけどそうじゃないの。」「なんだそれは。」「仕方ないでしょ、わからないもの。」

青バンダナは納得いかない様子で口をまっすぐに結んでいます。

「いつも巻いてるそのバンダナのせいできっと耳が蒸れて悪ぅなっとるんでしょう。そうでなけりゃキッキルキーとは聞こえんからね。」と髭面がニヤリと歯を見せながら言うと髭面の奥さんは大笑いしました。

青バンダナはさらにムッとし、それを退けるように後ろから青バンダナの奥さんは強い語気で言い返しました。「何が可笑しいってのよあんたたち。」

「可笑しいものは可笑しいわ。」髭面の奥さんはまだ笑っています。

「これはうちの亭主がお父さまから貰った大切なバンダナなのよ。失礼だわ。」

「あら、知らなかったわ、失礼。」

「あんたの旦那だってそんな毛むくじゃらだから音がよく聞こえないんじゃなくって?」

髭面は黙ったまま顔を赤くします。

「あら、なんだっていうの。セクシーなお髭だと言って欲しいわ。旦那に当てつけしないで!」髭面はさらに赤くなります。

「あんたの旦那が最初にバカにしたようなことを言ってきたのよ!」 

「えーい、やめろやめろ!わかった、今日もニワトリはまだ捕まえん!明日の朝もまた集まるぞ、次は子どもたちも連れてこい!」

黙っていた青バンダナが女たちを制して叫びました。髭面も同意します。

「そうしよう。これ以上恥をかかされてはたまらん。」

また次の日の朝。

コッケコッコーコッケコッコーコッケコッコーコッケコッコー

「どうだ?どう聞こえた??」まだ舌足らずな青バンダナの娘は眠気まぶたをこすりながら答えます。

「…コケキョッキオー」

青バンダナは頭を抱えます。

「お前たちはどうだったんだ?」髭面も息子たちに尋ねます。

「オッケコッコキー」と母に抱かれた次男が答え、「…コケキョッキオーが一番それっぽい。」と少し年の離れた長男がいった。髭面も困った顔になりました。

「どれにも聞こえるや。どうせ早起きしたから虫でも取りに行こう。」長男はそういって物置に虫取り網を取りに行くと、次男と青バンダナの娘も続いて走り去っていきました。

残った4人はニワトリたちを捕まえてきてもう一度鳴くように頼み込みます。

「さぁもう一度鳴くんだ」「鳴いてくれ!」「鳴いてちょーだい。朝ごはんの支度があるのよ。」「そうよ、鳴かないと玉子ともども親子丼にしてやるわよ。」「朝から親子丼はおもくて食べれんぜ。」「…ジョーダンよ。」


…コッケコッコー

「おい、鳴いたぞ!なんて聞こえた?」4人は黙ったまま目を見合わせます。

そして4人ともまたニワトリに向き直るとお願いを続けます。

「おい、頼む、もう一度だ」「ほら、鳴くのよ!」

「こいつら、鳴いて答えが出たら食われるってわかってるんじゃあないのか?」

「バカ言わないで。」

コッケコッコーコッケコッコー


「やはりコッコドゥルドゥーだろう。」「いや、キッキルキーだ。お前たちはどう思う。」

女2人は答えます。

「そうねぇ、キッキルキーだと言ってあげたいけれど正直どっちつかずだわ。」

「そうね。あの子の言った通り、どっちにも聞こえるといえば聞こえるわね。」

その後も4人は何度かニワトリたちを鳴かせることはできたが、結論は出ないままでした。結局どちらが正しいのか決められない青バンダナと髭面はどう決着をつけられるか思案していると、髭面の奥さんが思いついたように言いました。

「そうだわ、こういうときは村長に聞くのが一番よ!」

次の日の朝。

日の出前に村長の家に出かけていった女2人は、すでに起きていた村長を二軒の前のニワトリ庭まで引きずってきました。

「なんじゃ、なんじゃ。みな早起きじゃのう。」

「村長!日の出のあとにニワトリたちが一斉に鳴くのでそれをよく聞いておいてほしいんです」青バンダナが言います。

「いつもはこんな時間にはワシくらいしか起きとらんのにのう。愉快でエエの。エエの。」村長は笑っています。

「村長、ニワトリの鳴き声ですよ。良いですか。」

「ははは、愉快じゃ。すまんがなんと言うた?もう一度いってくれんかの」

コッケコッコーコッケコッコーコッケコッコーコッケコッコー

「いまニワトリたちが鳴きましたが、なんて鳴いているように聞こえましたか?」

「そういえばこの間…あれは…なんだったかの。そうじゃトマトじゃ、トマトじゃった!」

「あの、村長」

「『トマトのヘタをとるのが下手くそ』そういう冗談を思いついたんじゃが、どうじゃろう。」

「それってトマトじゃなくても成り立つんじゃ…」と青バンダナの奥さんが亭主に囁きます。

「村長、それは楽しい冗談だと思いますが、ニワトリの鳴き声はどう聞こえましたか?」髭面が聞き直します。

「え?なんかワシにいうとる?すまんが最近耳が遠くてあまり聞こえんのじゃ。最近といってもジジイの最近じゃあ10数年は経っとるじゃろうな!フォッフォッ!」

4人は苦笑いします。

「ワシの冗談がつまらんと言われとらんかったことを祈る!フォッフォッフォ!」

笑い上戸に入るかける老人を制して青バンダナが大きな声でゆっくりと言います。

「村長、いまニワトリが鳴いていたのを聞きましたよね」

「はぁ、鳴いとったかもしれんのぉ」

「どのように鳴いていましたか?」

「鳴いとらんかったかもしれんけどなぁ、フォッフォッ」

青バンダナはガクッと肩を落します。

「本当に当てにしていいの?」と髭面の奥さんが言います。「お前が言い出したんだろう。」髭面が言い返します。「あら、そうだったかしら。」

「村長、あのね」青バンダナの奥さんがハキハキと村長に事情を説明しました。

10分後ようやく村長は事の発端と、今自分が求められていることを理解しました。

「ほぉほぉ、そうじゃったかすまんのぅ」

「それで、村長はニワトリはどう鳴いていると思われますか。」

村長は額をポリポリと掻きながら考えます。「はて…どう鳴いとったかの…ニワトリ、ニワトリじゃろ……カーカーだったかえ?   うむ。もう一度聞かせてもろてもええじゃろか?」

恐れた通りの答えに肩を落とす4人。昨日と同じようにニワトリたちに声をかけて鳴かせ始めます。

「鳴けー、ほら、コッコドゥルドゥー」「キッキルキーだ、鳴かんと食べてしまうぞー」

コッケコッコー 

「! 村長、聞きましたか?」

「……………………」

「村長!」

「ふぁ!なんじゃ、いま鳴いたのか」

「ちゃんと聞いていてください!」

村長は自らニワトリの目の前に座ってお願いしました。「すまんが、もう一度、おっきな声で鳴いてくれんかの」


コッケコッコー


「は?なんというた?もう一度じゃ」

コッケコッコー


「鳴いとるかえ?」

4人はムキになって答えます。「鳴いてるじゃないですか!!!」

「そんなジジイを責めんどいてくれぃ…ニワトリさんよ、また頼む」

コッケコッコーコッケコッコーコッケコッコーコッケコッコー

みんなが鳴け鳴けとあまりにしつこいものですから、ニワトリたちはもう朝でもないというのに鳴きつづけました。

「コッコドゥルドゥーと鳴いていませんか?」髭面が聞きます。「キッキルキーですよね、村長!」青バンダナも村長の肩を掴んで言います。  

村長はしばらく思案します。「ふむ…難しいのう…」

コッケコッコーコッケコッコーコッケコッコーコッケコッコー

そうしている間にもニワトリたちは鳴きつづけています。もはやニワトリたちは鳴くのをやめなくなってしまいました。

その鳴き声を聞きつづけた他の村人たちも少しずつ、二軒の周りに集まってきました。その人だかりがさらなる人を呼び、気がつけば通り行く村人みんながそこで足を止めています。

「キッキルキーはないだろう」「でもコッコドゥルドゥーとどちからを選べと言われたらキッキルキーのほうが近いわよ」「どっちにも聞こえんぜ」「それよりあのニワトリたちそろそろ食べ頃じゃあないか?」

そこで思案をつづけていた村長はポンッ手を叩いて言いました。「わかった。それではいまここに集まった皆で、村民投票を執り行う!」

村人たちはざわめきを鎮めて村長の方に向き直ります。

「今も鳴き続けるこのニワトリたちの鳴き声、キッキルキーだと思う者たちはこちらの家の庭へ!」といって青バンダナのオヤジの家を指さします。「コッコドゥルドゥーだと思う者はこちらに移動するのじゃ!」今度は髭面の農夫の家の庭を指さします。

「それで、決着が決まったらどうするんでさぁ」人だかりの中から誰かが言いました。

村長は答えます。「この村におけるニワトリの鳴き声を、勝った者の言い方に一本化する!」再びざわめきが沸き起こります。

「待ってくれ、それじゃあ俺たちにも全然関係ないことってわけじゃあないじゃないか。」

「そうだ。俺にはどっちのようにも聞こえないぞ」

「私にはキッココッケーに聞こえるわ」

「別にキッキルキーでも問題ないだろう」

「それじゃ猿みたいだ、ややこしい!」

「猿はキッキッキーだろう」

「ほとんど同じだわ」

「どっちでもいいじゃないか」

「じゃあコッコドゥルドゥーでよいのか?」

「だからドゥルドゥーは変だって」

「じゃあなんだっていうんだ!」

「コッキオッコッコキュって鳴いてるわ」

「そんなに長く鳴いちゃいないよ」

いつしかニワトリの鳴き声を巡る問題は集まった村人たちをあげた大論争に発展していました。 いよいよ収集がつかなくなりそうな事態を見て髭面と青バンダナは村長に尋ねます。

「村長、どうされましょう」 

「なんじゃ、村人たちはワシの言うことを聞いてくれんのかの…」村長はショゲていました。

「いえ、村長、えぇと、彼らの言ってることは聞こえてますか?」

「ワシへの何かじゃろう…不満かえ?文句かえ?」2人はため息をついて事態をあたらめて村長に説明します。

思い思いに論争を続けている村人たちを制して現状を把握した村長が再び話しだします。

「わかった、皆の衆。今日のところは議論はこれまでじゃ。ニワトリたちは今、朝でも昼でも見境なく鳴いておる。日曜日の朝、次回の村民会議にこの議題は持ち越しとする。それまでの三日間、しっかりとニワトリたちの鳴き声を聞いて、おのおのの意見を家庭代表に伝えておくように。良いかね、お二方、それまでこれらのニワトリたちは食べたり出荷したりせずに置いておくように。頼むぞえ。」

それからの三日間、ニワトリたちはよく鳴きました。村人たちはそれをよく聴きにきて、話しあいました。そして日曜日がやってきます。
気がつけば最初に2人がニワトリの鳴き声についての議論を始めてから1週間が経っていました。

しかし日曜日の村民会議も結局、二軒の前で起きた論争以上の進展を見せずに終わってしまいました。さらに議題は次週に持ち越されて、それはニワトリたちの命運も次週にまで持ち越されたということでもありました。

そうして数週間経つともはやニワトリたちはその数を増やし、さらに見境なく鳴き続けるようになりました。

あまりのうるささに苛立ちを募らせた村人の中には、鳴き声議論など打ち止めにしてさっさと食べてしまおうという者もいましたが、議論は週を経るごとに少しずつ過熱してゆき、今ではいくつかの鳴き声候補を元に村人たちがある種に派閥に分かれるようにまでなっていたので、それはもはや打ち止めにして全ておしまいというほど単純な問題はではありませんでした。ニワトリが鳴き続ける以上、村民たちは問題に答えを求め続けます。

「本当に毎日うるさいなぁ」髭面の農夫もまたニワトリの鳴き声はコッコドゥルドゥーだと信じつつもそのうるささにうんざりしていました。

髭面が奥さんがつぶやきます。「このニワトリたち、鳴くのをやめて誰も問題に興味を示さなくなったら食われると思ってるんじゃないの」

「…この間と逆だな。皮肉なもんだ」

青バンダナの家でもまたニワトリたちの声は近く響きます。

「あなた。もうコッコドゥルドゥーでも良いんじゃないの」青バンダナは窓からニワトリたちを眺めつつ答えます。「そんなのは前からすっかりどうでもいいさ。でももう俺たちだけの問題じゃねえしなぁ」

ニワトリの鳴き声を巡って分裂した村。

いつしかその派閥はニワトリ論争の域を超えて、議題全般について討論するための党を村民議会に形成しました。党内には仲間意識が芽生え、ニワトリ論争以外の議題についても意見を一致させて他の党と戦うようになりました。

依然ニワトリ論争には決着がついておらず、青バンダナと髭面のニワトリたちは繁殖を続けています。数を増やし、2人では飼いきれないほどになったニワトリたち村中を自由に動き回るようになりました。

ずいぶん経って、ある旅人の青年は森の中に迷い込んでしまいました。

どちらに進めばよいのかわからず途方に暮れていると、どこからか微かにニワトリが盛んに鳴いているのが聞こえました。その声を頼りに森の中をかき分けて進んでゆくと、ある変わった小さな村に出ました。

旅から戻ったあとに旅行記を出版して一躍有名作家になったその青年は、著書の中でその変わった村についてこう書いています。

「ニワトリ村との邂逅

 ある山でキャンプをした次の日の朝だった。夜に降った大雨のせいで肉体的も精神的にも疲弊していた私は、すぐにでもどこかの町に戻ってうまい飯でも食いたいということばかり考えながら、山を下っていた。しかしその道中、大雨が流しさらったのは私の気力だけではなかったと気づく。私が来るときに通ってきた道(あれらを道と呼んでよいものとしたらの話だが)はもう見る影もなくなっていた。

 一度でも森の深くに身を投じたことのある者にはわかると思うが、晴れにみる森、雨にみる森、夕暮れにみる森、朝にみる森、行きにみる森、帰りにみる森。これらは想像以上にその姿を変える。来るときに浅い川を一度渡ったのを覚えていたが、突き当る川はとても渡れそうにない濁流ばかり。もしかしたら昨日の小川が大雨によって化けた姿なのかも知れない。しかしそんなことを知る術はもうなかった。そんなとき、空腹と疲労、そして何より行き場のない不安で埋め尽くされていた私に一つの希望が降ってきた。

コッケコッコー

 遠くで微かにニワトリが鳴く声が聞こえたのだ。ニワトリほどその鳴き声を判別しやすい動物も珍しい。それは確実にニワトリだった。村があるかもしれない。村でないにしてもその森に迷うニワトリを捕らえて食ってしまえば、当面の飢えは凌げると私は考えた。

 もはや朝でもないのに響き続けるその声を頼りに少しずつ進むにつれて、それはけたたましさを増していき、ついにはコッケコッコーの大合唱となった。村があると確信して安心した私だったが、ついに森を抜けて目の当たりにした村は想像を超えて…ニワトリだったのだ。これが私とニワトリ村との出会いである。

 まず私の目に飛び込んできた光景は、ニワトリ、ニワトリ、ニワトリ。視界を埋め尽くすほどのニワトリの大群だった。養鶏の域を超えて、ニワトリたちはその村を我が物顔で悠々と歩き回っていた。

 最初に話しかけた村人は非常に親切な淑女だった。事情知った彼女は私を家に招いて食事を振舞ったうえ、一晩泊めてくださった。晩に気力を取り戻した私は、振舞っていただいた食事を思い出して彼女に尋ねた。

 『あの、この村にたくさんいるニワトリたちはいったいどうことなんでしょうか。食べるためではないんですよね?神聖なものか何かですか。』これだけニワトリがいるのに夕食に鶏肉が出なかったばかりか、この家まで来る途中、ニワトリを捕まえたり捌いたりする人を1人として見なかった。そこで私はこのニワトリ文化とでも呼ぶべき現象を、なにか宗教的な慣習と結びつけて考えていたのだった。

 『ふふ、別に神聖ってわけじゃないわ。うるさくって仕方ないもの。ただ何故かニワトリを食べたり殺したりしてはいけないという習慣があるのよ。でも一日中鳴いてるものだからこっちとしてはたまらないわ。』彼女は笑いながらそう言った。

 『そうですよね。ニワトリというのは普通朝くらいにしか仰々しくは鳴かないもんですから。』『あら、そうなの?ずっとこの村にいるから知らなかったわ。この村のニワトリたちはおかしいのね。黙ったら食べられるとでも思ってるのかしら。』 彼女はまた笑った。

 『あはは、そうかも知れませんね。でもそのおかげで僕は今日救われましたよ。感謝しないと。』そう、このバカみたいにうるさいニワトリたちにこの日私は命を救われたのだ。

 『ニワトリについてならもう一つ面白い話があるわ。この村の村民議会なんだけどね。今は大雑把にいって三つの大きな党があるの。その党名がキッキルキー党、コッコドゥルドゥー党、コケキョッキオー党。最初の二つがずっと二大政党としてあったんだけど、最近できた第三政党が前二つがニワトリの鳴き声みたいな名前だからってそれに習ってまたコケキョッキオー党なんて名前をつけたものだから、今では、党名はニワトリの鳴き声のようなものにするのがすっかりお決まりになっているの。』

 興味深い話を怪訝な表情で聞いている私に、彼女は続けて言った。『時間があるなら明日村を少し歩き回ってみたら?きっと他にもいろいろニワトリカルなものが見つけられるはずだわ。』あとから知ったことだが、ニワトリカルとはこの村の方言で、ニワトリのようなもの、ニワトリに由来するもの、ニワトリがらみのものなどを全般的にさす言葉らしい。

 結局この村に1週間ほど滞在した私は、全てがニワトリカルな独特さや、平穏でのんびりした雰囲気(もちろんニワトリたちの鳴き声を除いたらの話だ)、優しく気さくな村人たちがすっかり気に入ってしまった。毎週日曜の午前に行われるという例の村民会議も見学させていただいた。

 余所者がこの村に来ることはほとんどないらしく、本当に最初から最後まで手厚くもてなしていただいた。その感謝を忘れることはないだろう。そしてもちろん、私の命を救ってくれたこの村のニワトリたちにも最大の敬意をもって感謝と賛辞を贈りたい。 


(下巻へ続く) 」

 青年の旅行記がきっかけとなりこの村は旅行者の間で一躍有名になり、今ではたくさんの観光客がニワトリ村に訪れます。

 近年では年に一度行われる、ニワトリカルファイトというお祭りが注目を浴びており、村はさらに活気付いています。村人たちがニワトリの仮装をして、青バンダナチームともじゃもじゃ髭チームに分かれて戦うのです。

 取材にきたテレビ局のクルーが村人たちに尋ねます。「どうして青いバンダナと髭なんですか?」

村人たちは笑いながら答えます。「なんでかって?…あはは、そんなことは俺たちにもわからんぜ。ただそうするのがこの村の文化なんだ。」 「ニワトリたちに聞いてみろよ。何故か一日中鳴いてやがるが、なにか俺たちよりもよく知っていそうだぜ。」

コッケコッコーコッケコッコーコッケコッコーコッケコッコー

ここはニワトリ村。たくさんのニワトリと温かい村人たちがいつでもみなさんのお越しを心よりお待ちしております。

(※鶏肉料理はありません。)

ABOUT ME
ささ
25歳。 副業で家庭教師をやっているので教材代わりのまとめや、世界50か国以上旅をしてきて感じたこと・伝えるべきだと思ったこと、ただの持論(空論)、本や映画や音楽の感想記録、自作の詩や小説の公開など。 言葉は無力で強力であることを常に痛感し、それでも言葉を吐いて生きている。 ときどき記事を読んでTwitterから連絡をくれる方がいることをとても嬉しく思っています。何かあればお気軽に。