自作の小説や詩など

『賢人会議』(短編小説)

鬱病患者

「俺はもうこの世に生きていることに耐えられない。何もかもが虚しく思えるようになってしまった。俺がこの世からいなくなることに何の抵抗もないよ。だけど死の苦しみは恐ろしい。どれほどのものなのかわからないじゃないか。死は怖くないが苦しみは嫌なんだ。分かるだろう?もう生きている価値なんて感じないのに、その怖さだけでズルズルと生きているみたいなものさ。」

哲学者

「生きる意味を問うのかね。全く私ももうかれこれ40年は同じ疑問に取り憑かれて、その好奇心だけ生き延びてしまった。また、”死とは何か”についてもだよ。多くの家族や友人に先立たれた。彼らが生物学的な存在の定義から離れたあとでも未だ私の思想に及ぼすものは無視できない。そうとなると、果たして一般に”存在”の定義とはなんぞや?疑問は尽きないよ。」


経済学者

「命の価値か。私に言わせれば物の価値を決めるのは希少性だね。何事も需要と供給さ。幾億もの卵子や精子が命の陽の目を見ることなく吐いてすてられていくと思えば、こうして存在するのは偶発的なものであると同時に極めて例外的な生存戦略の成功例とも言える。金やダイヤに価値があるのは希少だからさ。それだけだよ。ただこの見方は少し生に価値を置こうとして偏っているかもね。人類は70億もいるんだから。」


心理学者

「でも君、人間関係における承認や受容がどれだけ当人の心理状態に影響を与えるか忘れちゃいけない。家族や友人との関係が良好な人の幸福度は高いんだよ。ある意味、自分の価値を他者の中に置いているとも言えないかい?70億もいようが、彼の家族にとっては彼の替えなどいないんだよ。そういう意味ではどんな命も計り知れない希少性を帯びているってことさ。」


キリスト教徒

「おっしゃる通りです。愛は全てを超えて作用します。生きる意味など考えなくても、兼愛を忘れずに祈りを続ければ良いのです。周囲への感謝と愛情を決して忘れてはいけません。生の意味はきっと主がわかっていて下さいます。創造主は意味のないことなどなさりません。つまりあなたの生にも必ず価値があるのです。大切なのはあなたがそれを信じる心を養うことで、それは祈りによってなされるのです。」


物理学者

「科学的な根拠もなく事を決めつける態度は感心できないな。大切なのは信仰ではなく、事実の証明だよ。証明されたものを信じるのさ。それが理性の順序だ。また、経済学者もいっているがこの世には偶発的なものも多い。量子学の入門書でも読むといい。神もサイコロを振るかもしれないってことさ。まぁ確定的なことを言うには、まだ研究が不十分だが。近世以前の常識に停滞するよりは良いだろうさ。」


イスラム教徒

「唯一神の存在を証明しようだなんて傲慢極まりない。無礼甚だしいよ。君たちは”ある存在はそれよりも高次にある存在を認識できない”なんてことも言ってるじゃないか。彼は私たちの認知などは超えた存在なんだ。彼を信じたものは救われる。信じなかったものは堕ちる。シンプルだよ。信じない理由なんてないと思うね。彼が存在しないと仮定しても、信じることによる損失なんて考えられないよ。 」


フェミニスト

「神については興味ないけど、あなたがそれを『彼』って呼ぶところが気にかかるわ。どうして神は『彼女』ではないって言えるの?21世紀なのよ?だいたいこれを書いてる奴だって何でフェミニストだけ女にして、私にこんなこと言わせて。これじゃヒステリーの女が騒ぎ立ててるみたいじゃないの!それで他の学者とかはみんな男で賢者みたいに話すわけ?!アンフェアだわ、差別を助長してる!だから進学率も給料も政治家の数も男が多いままなのよ!」


この文の著者

「……….」


統計学者

「数字だけ見て差別というのは簡単だが、もっと慎重にならなくては。統計でものを判断するのが私たちの仕事ではあるが、様々なノイズを考慮することは常識だよ。女性と男性という二元的な見方で全ては判断できない。政治家の男女人数比に文句はあるのに土木作業員の男女人数比に文句がないってのには、別の差別的な見方が見え隠れしてるようだよ。統計学者ほど、統計の恣意性をよく理解している者はいないと自負しているつもりだ。」


生物学者

「ほとんど全ての有性生物には生による役割分担があるわ。蜂や蟻は女王を中心に社会的とも言える関係を構築するのに対して、ライオンや猿は頂点に君臨する雄を中心にハーレムを形成する。性別を基にした差異がある程度あるのは仕方ないと思う。だってやっぱり出来ることや出来ないこと、向き不向きはあるわ。女性には出産があるしね。その制約を考慮した上で、多様性を尊重した平等は是非とも目指すべきだと思うけど。もちろん生物の多様性の保護もね。」


環境保護論者

「確かに『女性である前に人間だから』という主張には普段から人間だけは特別という考えが透けて見えるね。他の生物は生の役割分担にしたがっている。人間中心主義的にものを見ては正当じゃないよ。本当に多様性を重視するなら全ての動植物にも同じリスペクトを向けるべきだ。日常的な消費活動から気を配っていくことだね。中立にものを見ようとすれば、人間だけは動物と違うという考え方がいかにこの惑星や他の生物を虐げてきたかわかるはずさ。」


菜食主義者

「だから私たちみたいにベジタリアンになればいいのよ。健康的だし、人道的だし。この生活にしてから体が軽いわ。それに肉を食べるなら、動物たちがどのように育てられてどのように屠殺されるのかしっかりと受け止める必要がある。環境にだって良くない。屠殺工場で働いてる人たちに気持ちや、歩けなくなるまで太った鶏のことを考えたことがある?殺される前に牛が涙を流すことは?お肉はスーパーにパックされた状態で土から生えてくるわけじゃないのよ。」


社会学者

「そんなのは先進国の豊かな家庭で育った人間の特権だよ。多くの人は食べ物を選り好み出来る状態にいないし、それは社会構造の問題だから個人の責任で片付くものではない。また先進国でも広がり続ける格差社会の最下層にいる人々にとっては、高額な有機野菜を買うよりもファストフードのハンバーガーや冷凍ピザを買う方が簡単に決まってる。個人の価値観以前の問題さ。誰かが必ず貧困に陥るような搾取体制にいち早く終止符を打つべきだ。税制を含む経済方針の問題だろう。」


政治家

「みんなが一気に菜食主義になったら困るよ。どれだけの人が失業すると思うんだい?税制の問題だって?なんとかしなくていないのはわかってるさ。ただマスコミは扇情的なものばかり報道する。つまらないように見えるものほど大切なのに。そんな大衆や企業の人気取りをしないと政権にさえもつけないんだから小手先のマニフェストになるのは仕方ないだろう!国民の意識にも疑問を呈するよ。本意を歪める形で切り貼りされた記事やニュースに踊るだけで選挙にも来ず、事を感情で一面的にしか捉えようとしない人々をどう唱導しろと言うんだ。」


記者

「つまり現在の経済状況が芳しくないことや失政が続く現状についての責任は、全て国民にあるということですか?その国民の総意で選ばれてそこに立っているという自覚はありますでしょうか。政界での権力争いに勝つために国民を扇情しているのはそちらではありませんか。のらりくらりと責任を交わしてばかりいるのはよしてください。もっと誠実な政治を求めます。」


実業家

「もっと自由にやらせてくれきゃ困るよ。誰でもビジネスを始めやすくして、公権力の介入は最低限にしてほしいよ。私たちに任せて貰えれば人々の購買意欲をますます刺激して、良い生活と順調な経済を保証するのに。私たちの成功こそが、全体の成功に繋がるに決まってるじゃないか。これ以上日本企業の株価が落ち込んだら取り返しがつかなくなる。」


鬱病患者

「あぁ、僕の一言でこんなに多くの言い争いが起こってしまった。だから虚しいんだよ。こんなに冷たい世の中だ。僕は優しい人に見られたいんじゃなくて優しい人になりたかった。でもやっぱりダメみたいだよ。僕の考え足らずの一言のせいでこんなに多くの人が傷つけあったんだ。一体どうしたら良い?」


医者「薬を飲みなさい。」

教師「謝って仲直りしようね。」

カウンセラー「いつでも相談にきてね。」

栄養士「ビタミンが足りないのよ。」

菜食主義者「やっぱり野菜を(略」

社会学者「自殺願望は社会学的な現象だ」 

アスリート「生活に運動を取り入れるといい」 仏教徒「この世は修行だ。」  

フェミニスト「自殺者数は男性のほうが(略」

この文の著者「ごめん、フェミニスト」

芸術家「創作に全てを解き放つのだ」

歴史家「人類の歴史なぞ争い一色さ」

経済学者「おそらく不況のせいだろう。」

政治家「国民一人一人の命のため(略」

記者「『自殺志願者数、増加の一途』」

革命家「命をかける理由をあげよう」

イスラム教徒「ジハードに決まってる」

”友達”「元気出せって、頑張れよ」

天文学者「宇宙に比べたら全てちっぽけだよ」

鬱病患者

「ああ、やっぱりダメだ。賢い人などたくさんいる。みんな正しいようなことをばかり言う。今日はたくさんの人と話したような気がするけど、本当に僕と話したのはいったい何人だったのだろう。…世界は冷たいよ。こんなところで生きるている意味なんて、やっぱり誰の意見を聞こうと見つかるはずがなかった。誰か、僕が僕でいる手伝いをしてくれる人はいないのかい。」

ギギギ…軋む音。

1人を残しからっぽになった会議室のトビラがゆっくりと動いた。

入ってきたのはまだ5.6歳と思われる少年だ。

彼はもじもじと恥ずかしそうに目をそらしながら口を開く。

ある少年「えっと…一緒に遊んでほしいの」

鬱病患者「…そうだね、一緒に遊ぼうか。」

ABOUT ME
ささ
25歳。 副業で家庭教師をやっているので教材代わりのまとめや、世界50か国以上旅をしてきて感じたこと・伝えるべきだと思ったこと、ただの持論(空論)、本や映画や音楽の感想記録、自作の詩や小説の公開など。 言葉は無力で強力であることを常に痛感し、それでも言葉を吐いて生きている。 ときどき記事を読んでTwitterから連絡をくれる方がいることをとても嬉しく思っています。何かあればお気軽に。