自作の小説や詩など

『普通の人間』(短編小説)

 目覚ましが鳴って起きる。朝6時半。 8時半までに出社ってことを考えたら、一般的な時間だろ? 今日は土曜日だから仕事はないんだけど、いつもの習慣で起きてしまった。毎日6時半にセットされた目覚ましを、わざわざオフにするほうが面倒臭い。

 やけに眠い。昨日は金曜日だから、久しぶりに昔からの仲間と飲みに行ったんだった。帰ってきて布団に入ったのは1時過ぎだった。瞼が重い。朝日が眩しい。カーテンを開けっ放しして寝たから、窓から入る日の光が痛い。カーテンを閉めて、掛け布団を腕に巻き込む。もう少し寝よう……..

 時間が飛んだようだ。次に起きた時には9時を過ぎていたが、体感的にはものの数分だった。せっかくの休日なのに、午前中損した気分になったけど、そんな気分にももう慣れている。お湯を沸かしてコーヒーを淹れる。コーヒーくらい飲むさ、朝だからね。ケータイを片手に軽めの朝食を摂る。

 今日は夕方から彼女と会うことになっているが、待ち合わせ場所の近くに美味しいラーメン屋があるらしいから、早めに行ってそこで昼食としよう。だから朝は軽くで良い。

 昨夜の仲間からメッセージが届いていた。添付された写真を保存し、彼女にメッセージを送った。ネットニュースは、海の向こうの国で新しい大統領が決まったという情報で溢れていた。外国の政治など自分には関係のないことだが、こういう時にはついつい見入ってしまう。今度の大統領は、その国ではかねてから有名な文筆家だったらしい。なんとかっていう賞もとっている。こういうウンチクを、さも前から知っていたように話す奴がたくさん出てくるんだろうな。

 画面上で開かれていた全てのウィンドウとアプリを閉じたら、手持ち無沙汰になったので、テレビをつけた。どのチャンネルでも同じ大統領のニュースが、キャスターに読み上げられるか、ワイドショーの話の種になっていた。それ以外だと、またサッカーの代表戦があって、格下相手に2-2で引き分けたらしい。だから新しいフォーメーションはダメだと言ったのに。つまらないので録画した番組の一覧を眺める。そうだ、このトーク番組をまだ観ていなかった。ゲストが不倫相手との馴れ初めをテレビで初めて話すらしい。 別にゲストにも不倫の馴れ初めにも興味はないけれど、MCの芸人の切り口が面白くて毎週観ている番組だから、今週も観る。

 10時半になったので、シャワーを浴びて着替える。最近買ったシャツの袖に腕を通す。このブランドは初めて買ったけれど、なかなか気に入った。CMではまた新しいデザインのシャツが発売されると盛んにいうので、また買おうと思う。なんだか急に疲れた。机の上に転がっていたキューブ型のチョコレートを開けて一つ食べる。 

 まだ早いけれどもう出てしまおうか。今休んだら動くのが怠くなるだけだ。やらなければならない仕事と読みかけの本を持って出かける。

 玄関でケータイの天気予報を見たら、夜なると気温がぐっと下がるようだったので、ジャケットを持っていくことにした。最寄り駅まで歩いていく。

 スーパーの袋一杯に食材を買い込んだおばさんが、荷物を前のカゴに入れて、自転車で通り過ぎる。目があったので軽く会釈をした。向こうも会釈を返した。誰だあのおばさんは。

 
 駅に着く。喉が渇いたのでコンビニでお茶を買う。レジに並んでいたら、横の棚に袋入りのグミがかかっていたので、一つとった。レジの男の子は高校生だろうか?まだ慣れていない感じだ。それとは反対のレジに呼ばれた。袋に入れるかどうか聞かれたから、大丈夫ですと答えた。

  ホームに着くと、次の電車までは4分あった。列に並んで、お茶を一口飲む。一緒にあったグミも開けて、ひとつ食べた。そしてまたお茶を一口飲んだ。ケータイでメッセージを確認すると、彼女から返信が来ていた。それに返すメッセージを打っていたら電車が来た。

 休日のこの時間、車内は空いているから、難なく席を取ることができた。彼女と何通かメッセージのやり取りを続けながら、バッグからイヤホンを取り出して、ケータイに繋いだ。最近流行りの洋楽を聴く。みんなは最新の大ヒットアルバムしか聴かないけど、あまり売れていなかった頃に出した2ndアルバムが実は一番良いのだ。

 たくさんの線が通っている大きな駅で、車内は急に人で溢れた。向かい側に座っていた主婦が、おばあさんに席を譲っていて、なんて良い眺めだろう、この国もまだまだ捨てたもんじゃない、と思った。その次の駅で、降りるために席を立つ。窓から目当てのラーメン屋が見えないか と外を眺めるが、わからなかった。扉が空いて、ホームに降りようとすると、入ってくる子どもと軽くぶつかった。これだから子どもは……

 時刻は11時半になっていた。ラーメン屋が開く時間だ。やはり昼時にはまだ早い時間についてしまったが、ラーメン屋に着くと、前には小さな行列が出来ていた。15-20人くらいだろうか。これくらいなら待って丁度良いくらいの時間になるだろう。店舗も小さいわけではないし、そんなには待たないだろうな。

 彼女とのやりとりが途切れたので、パズルゲームのアプリを開く。パズルをやりながら前の二人組の会話を盗み聞きしていると、やっぱり例の外国の大統領の話をしていたが、彼が元々文筆家として名を挙げていたことを、我が知識かのように語ってはいなかった。

 長い…いつまで待たせる気だ…

 しばらくして列が進むと、店の外にメニュー表の看板があった。メニューをここで決めておけということか。オススメはどれだっけ。昨日の友人にメッセージを送って尋ねる。昨夜の飲み会で、このラーメン屋にはよく食べにくると言っていたから。

 結局返信は帰ってこなかったので、ネットでオススメを調べた。店員が出てきて、テーブル席が空いたから後ろの3人組を先に案内したいと頼まれたので、譲ってあげた。嫌だとはいえないし、カウンター席もきっとすぐ空くだろう。

 ようやく店に入って、食券を買い、席に着く。思ったより待たされたが、まだ12時過ぎだった。昼食には丁度良い。ラーメンは早く来た。なかなか美味い。

 店を出ると、行列はほとんどなくなっていた。はじめからこの時間に来ればよかった。まだ12時台で、彼女と会うには時間があったから街を歩く。濃いラーメンだったからか、やけに喉が渇き、さっき買ったお茶はすぐに飲み干してしまった。コンビニの前にゴミ箱があった。満タンに詰まったゴミ箱の隙間にペットボトルを捻りこんだ。足元にはアイスの棒や、弁当の透明な蓋が落ちていた。蓋には中身がない小さな醤油のパックがへばりついていた。

 歩くのにも飽きたのでカフェに入る。コーヒーは朝飲んだので、アサイーの入ったジュースを頼む。席についてまたパズルゲームをはじめるが、すぐに飽きたので適当にSNSを眺める。しばらくすると、さっきラーメンのオススメを聞いた友達から返信があったので、もう大丈夫だありがとう、と返した。ラーメン屋の名前と頼んだメニューとその写真を添えた文章を、SNSにアップした。

 だらだらとしている間にケータイの充電がいつの間にか10パーセントをきっていた。寝ている間に充電が出来ていなかったのだろうか。持ってきた仕事があったことを思い出して、ひとまずそれに集中する。

 彼女と会う時間までにうまく仕事は片付いた。連絡を取り合うと、今からこのカフェに向かうというので待つことにした。20分ほどして彼女が現れた。席を立とうとすると、彼女に止められた。話があるからここでいい、と言われたので、彼女がコーヒーを買ってくるのを待った。

 こういうときには時間の感覚が消えるものだ。今朝、二度寝から目覚めたときのように。

 帰りの電車に揺られる。電車の中でアジア系外国人の若い女の子3人が少し大きめな声で話していた。車内の人たちはケータイや本から一時目を離してそちらを見た。うるさいと思った人が半分いて、かわいいと思った人が半分いたと思う。すぐに何も起こる前に戻った。

 すでに外は暗くなっていた。ケータイを開くと、時刻は18時半だった。残りの充電は5パーセントを切ってきた。

 彼女からの別れ話を思い出しながら、窓を流れるいつもの風景を眺める。なんてこった。あっという間に自分の家の駅に着く。

 グーと腹がなった。19時か。昼に濃いラーメンを食べても、7時間経てば腹が減る。突然の別れ話に驚いても、19時になれば腹は減る。

 駅前の牛丼チェーンで大盛りを頼んで食べる。ケータイを開くが、充電が切れていた。店を出ると、予報通り気温が下がってきているのを感じたので、持ってきたジャケットを着た。バッグからジャケットを取りだすときに、一緒に持ってきた読みかけの本が目に入った。結局1ページも読まなかったな。夜の帰り道を歩き出す。

 彼女とは付き合ってから半年しか経っていなかった。

 家について電気をつける。ケータイを充電器に差し込む。冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲む。ケータイの電源はすぐについた。誰からも連絡は入っていなかった。SNSを開く。

 アプリのマークが全画面に表示されてから、ほとんど無意識にアプリを開いたことに気がついた。何がしたくて開いたわけでもないので、試しに「別れ 突然」と検索をかけると、失恋ソングの歌詞が書かれた投稿がたくさん出てきた。それに混じっていくつかの個人的な投稿が流れてくる。

 突然別れるとか、意味わかんねーし。


 缶が空になったので、シャワーを浴びることにした。服を脱ぎながら、ビールはシャワーの後にすれば良かったと思った。昼前にシャワーを浴びたから、別に明日の朝浴びれば良いかなと思ったが明日は朝から用事があるからやっぱり浴びる。なんだか浴びたい気分でもあった。  

 時刻は午後9時になった。テレビをつけるが、特に観たいものはなかった。ニュースの内容は朝と変わらなかった。なぜ変わらないんだろうと思った。テレビを消した。ケータイの充電はほとんど終わっていたが、いじりたい気分ではなかった。

 シャワーの後に回した洗濯機が鳴ったので、少量の服を部屋干しにかけた。そのあとはしばらくぼんやりしていた。いくらでもぼんやりしていられる気がした。

 10時を過ぎて、ベッドに入る。バッグから読みかけの本を取り出して読み出すが、遅々として進まない。『実生活で使える交渉術』…そんなものは活字でわかってたって意味ないさ。

 まだ寝るつもりはなかったが、目を瞑ると様々なことが頭を巡った。瞼の裏の真っ暗な空間に映像が映し出された。

 声が聞こえた。彼女の声も聞こえた。知らないおばさんが彼女と結婚しろとしつこく勧めてくる。おばさんから2人で逃げ出したら、遊園地に出た。観覧車に乗ったあと、ジェットコースターの列に並んだら、後ろに高校時代の友人がいた。久しぶりの再会に盛り上がっていると、漸く列が進んで店内に入ることが出来た。安いツマミを頼んで、ビールを飲んだ。いつの間にか彼女は消えていた。不味いグミを食わされたりして、ひとしきり盛り上がったら、なぜか上司とサッカーをしていた。ファウルのないサッカーだった。押し合いへし合いをしていると、横でそれを見ていた彼女が「あなたはいったい誰なの?」と言った。


お前はいったい誰だ??

 アラームが鳴った。目を開けたら明るくなっていた。結局眠ってしまったらしい。時刻は午前6時半だった。まだ起きるには早いが、目が冴えてしまったので、ベッドから出た。カーテンレールにハンガーでかけられた昨日のブランド物のシャツが、急にみすぼらしく見えた。みすぼらしいのはそれを着ている人間か?

 テレビのニュースはまた大統領のことだった。内容は変わっているのかもしれないが、難しいのでよくわからない。トピックが同じなら、全て同じだ。誰だこの大統領は。大統領という以外にこの人のことは知らない。でもこの人は「大統領」ではない。この人は誰だ。

 そんなにダラダラするほどの時間があるわけでもない。朝食を食べ、身支度を整え、家を出る準備をする。クローゼットから2年前に古着屋で見つけたジャケットを引っ張りだして羽織った。

 家を出て、駅に向かって歩いていると、後ろから自転車が近づく音がした。振り向くと、昨日のおばさんが自転車を押していた。人通りが多いからだろう。今日は昨日よりも時間が早いのに、もう買い物だろうか。カゴは空だった。道を譲ろうと少し端に寄ってあげた。おばさんは小さく会釈をした。

 あなたはいったい誰なの?

 昨日の夕方、コーヒーを飲みながら彼女はそう言った。


 「こんにちは」とおばさんに挨拶をした。

 おばさんは「おはようございます」と笑顔で返した。

 少しスペースが開いたので、おばさんは自転車にまたがって前方に去っていった。

 心が2センチくらい下がって いつものところに落ち着いた気がした。

ABOUT ME
ささ
25歳。 副業で家庭教師をやっているので教材代わりのまとめや、世界50か国以上旅をしてきて感じたこと・伝えるべきだと思ったこと、ただの持論(空論)、本や映画や音楽の感想記録、自作の詩や小説の公開など。 言葉は無力で強力であることを常に痛感し、それでも言葉を吐いて生きている。 ときどき記事を読んでTwitterから連絡をくれる方がいることをとても嬉しく思っています。何かあればお気軽に。