その他

徒然なるままに頑張ろう

失業率が低い日本

「日本人の生活は苦しくなる一方だ」

「先進国で唯一給与水準が下がっている」

「3人に1人は非正規雇用」

こういう声をよく聞きます。言いたいことはわかりますが、日本の失業率って世界的に見ても相当低いんですよね。

たぶんそれは日本では企業が企業の都合で社員を解雇することを禁止しているからだと思います。アメリカとかだと、給料半年分あげるからはいやめてね、みたいなことができるけど日本ではそれができない。

就社文化というか終身雇用体制というか。そういう慣習のためにできたものなのかもしれません。だから事業変更などで要らなくなった人材もどこかのセクションに置いておく。求められる仕事が変わればそれまでの経験も畑違いになってしまう。窓際族なんて言葉もありました。

しかも年功序列社会では、ひとたび就社してしまえば自己研鑽をしなくても慣れと惰性で出世できてしまう。そんな人間を急に解雇したら、会社の肩書を失ったその人は何者でもなくなってしまう。そんな極端な、と書いている僕も思いはしますが、電車の中でスマホゲームに興ずる会社員たちの姿を見ていると到底希望は持てません。

つまり言ってしまえば、国民の就業を保証するという社会福祉的な発想の一部を、国が法律によって民間企業に委託しているような感じでしょうか。職業選択の自由は国民の権利だが、あんたら企業はひとたび誰かを雇用したらその人の仕事はちゃんと保証してやってね、と。

安さを求める消費文化

一方で消費者としての僕たちが求めるは安さ。しかも高品質な安さ。

安くものやサービスを生産するには、どこかでコストを引き締める必要があります。

大量生産。広告で大量消費を煽り多く売れば、ひとつあたりの生産コストは下がります。しかし経済が循環しても、資源の循環が間に合わないなどの歪は起こります。

機械化・自動化。テクノロジーによってこれはかなり進歩しました。これにより人件費が削減されます。

人件費のカット。上の機械化・自動化もですが、単純に被雇用者に与える給与を下げれば生産コストは下がります。モチベーションの低下や人材流出などのリスクがありますが。

結局安さを求める以上は、社会になんらかのしわ寄せが起きることを受け入れなければなりません。世間がそうある以上、国民の給与はなかなか上がっていかない。ものやサービスを安く生産することが大切なのに、そんなに気前よく給料を上げている余裕はないでしょう。

しかも上に書いたように必要ない人材をカットするリストラが日本ではそれほど自由じゃない。売り上げに対して、生産に関わった人間が多ければ多いほど、ひとりあたりの取り分が減るのは当たり前。

だから、「失業率が低い」「就社してしまえば安泰」という甘い蜜を吸いながら「安くて良いものがほしい」という欲に従って生活してる私たちが、「給与が上がらない」とか「非正規ばっかりだ」と文句をいうのは矛盾していると思うのです。

政治も経済も社会も、僕たちの考えや行動の総体であるから、「全体」に文句をいうなら、全体に対する「部分」である自分たちに目を向ける必要がある。そういう意識が低すぎる気がします。

これだけ変化が早い世の中です。正社員を簡単に解雇できないなら、非正規で雇いたい会社が多くて当たり前です。そのほうが動きも軽くなるし、人件費も少なくて済みます。

今の経済状況で給与をあげてほしいなら

さらなる競争社会に身を投じる覚悟が必要でしょう。

企業は社員の仕事を保証せず、実力主義で必要な人材を必要に応じてとる。要らない人材は解雇。しかし、しっかりと機能してくれる社員はもちろん優遇して、給与も福利厚生も充実させます。

効率的な組織によって効率的に生産されたものやサービスは低価格高品質を実現するかもしれません。

しかし会社の中でした何かをできない人たちは、そこを追い出されたあとどうなるでしょう。

資格や能力ある人たちは、実力ベースで新しい環境で働き始めます。そうでない人は・・・

路頭に迷うかも知れません。

そして解決を目指して能動的に動くわけでもなく、最初に書いたような国・社会・政治経済に文句を言っているだけの人たちは、間違いなく路頭に迷う側に入ると思います。

自分が納得できない状況を、抜け出す努力もせずに、環境のせいにしているのですから。そういう人たちはむしろ、現在の社会制度に守ってもらっているという自覚を持ち、感謝するべきだと思います。がんばらなくても餓死せずに生きていける世の中にいさせてもらっているのですから。

努力をし、実力をつけた人たちの中には、自分たちの生活には満足いっているのに、それでも社会の問題を解決しようと努力し続ける利他的な人たちもいるのです。

個人が良くなれば世の中は良くなる

上に書いたような競争社会になったとしましょう。

それで問題なのは、会社から追い出された人たちに生産能力がないことです。

しかし国民ひとりひとりが常に自己研鑽に邁進し、自助努力を怠らなかったらどうなるでしょう。

新聞やニュースを読んで社会を知り、市場を掴み、言語を習得し、自律的にものを考える習慣をつけ、行動を起こす癖をつけ、本やセミナーで新しい知識を蓄え続け、人とつながる工夫をし、自分の価値観を形成する。

そんな人たちが多い世界では、会社からあぶれた人たちの中から、新しいイノベーションが起き、ブルーオーシャンが見つかるのでは?

それが新しい雇用を創出し、生活を変え、既得権益の固定化を防ぎ、良い世の中に繋がるのでは?

僕はそう思います。

なにより経済とか成功云々以前に、そういう生き方のほうが楽しいと思うのです。なにもしない自堕落な休日ってモヤモヤしてきますよね。そんなモヤモヤした人生はちょっとつまらなそうです。

消費に対する姿勢も変えていかないといけません。

ABOUT ME
ささ
25歳。 副業で家庭教師をやっているので教材代わりのまとめや、世界50か国以上旅をしてきて感じたこと・伝えるべきだと思ったこと、ただの持論(空論)、本や映画や音楽の感想記録、自作の詩や小説の公開など。 言葉は無力で強力であることを常に痛感し、それでも言葉を吐いて生きている。 ときどき記事を読んでTwitterから連絡をくれる方がいることをとても嬉しく思っています。何かあればお気軽に。