教育について

教育業界では今後、講師よりも伴走者が求められるのではないか

IT技術の進化によって教育業界も大きく変わり始めている様子です。

コロナ過で世の中のITへの依存度はさらに増し、リモート会議やテレビ通話の需要は拡大し、これまでこのような新しいコミュニケーションの様式に抵抗感を持っていた層まで強制的に取り込まれることとなりました。

これによって従来の塾や予備校は減っていくのではないかと思います。

少なくとも「授業」ができる「講師」の需要は減るでしょう。

そして代わりに「伴走者」の需要が高まると予想しています。

講師の需要が減る理由

これはすでにこれまでも起きてきたことだと思いますが、映像授業の発達による一流カリスマ講師による市場の寡占が起きるからです。

大手予備校は予備校内ですでに人気講師による映像授業の配信を10年以上前から行っていて、全国のどの校舎でもイチバン人気の講師の講義を視聴することができました。

僕も現役生のころは映像授業のみ扱う大手予備校地方校舎で、看板講師たちの授業を受けていました。

現在ではスタディサプリやYouTubeの教育系チャンネルの台頭によって、一流の講師の授業が月額2000円とか、無料とか、考えられない価格で見放題で手に入ります。

こうなると、単純に講義を比較すれば、映像のほうが質的にも値段的にも圧勝です。家から通える範囲のある塾や予備校に素晴らしい先生がいる可能性はありますが、ただ実力不足でくすぶっている先生とか、大学生の片手間のバイトとかに当たっている恐れは十分にあります。

高い額を払ってそんな運ゲーに賭けるよりは、質が担保されたネットの映像授業を見るほうがよほど賢明です。

もちろん地域密着型の塾・予備校や、対面授業、先生と生徒の双方向的な関係が築ける環境という従来のスタイルの教育を擁護することも、いくらだってできます。

ただ、今後は映像授業もさらに一般化し、扱い方のノウハウが世間に溜まっていきます。競争の中で質もさらにあがるはずです。5Gが浸透したら、オンラインLIVE授業もより高品質で可能となり、ライブの緊張感、「集中せねば」感も出せるようになるでしょう。

実力のない講師は淘汰され、一部のカリスマが生徒を寡占する状況は加速していくと思います。

伴走者の需要が増える理由

映像授業は安いです。年間の授業料でも3万円以内で収まります。

しかし、苛烈な教育競争のなか、映像授業の採用で浮いた教育費を教育ママ・教育パパたちはただ貯金や他の支出にまわすでしょうか?

教育ママ・教育パパではないにしても、多くの親は経済的な余裕がある限り子どもには良い教育を受けさせ、多くを学んでほしいと願うはずです。

では映像授業をより良く活用するためにどんなお金の使い方が想定されるでしょう。

逆に、映像授業にはどのような問題があり、その問題をお金で解決するにはどうすれば良いのでしょうか。

映像授業でよくいわれる問題点には以下のようなものがあります。

  • 質問できない
  • 何度でも見返せると思うので集中力が落ちる
  • 監視の目がないのでサボる
  • ひとりでの勉強になるので仲間がいない
  • 勉強の仕方、ペース、進路などが相談できない

「質問できない」などはまあ正直マイナーな問題です。授業をしても授業後にどうせ質問にくる人なんて塾でも予備校でも10人に1人くらいだと思うので…。結局ひとり参考書で独学で成績を上げる人はたくさんいますから。

残りの4つは確かに問題です。

「ひとり参考書で独学で頑張れる」人たちばかりではないからです。

そういうひとりでは頑張れない多くの生徒にとって、集中させるための圧力や環境、サボらずに緊張感を保つ監視の目、一緒に頑張ることでポジティブに慣れる仲間、いろいろなことを相談できる相手はとてもとても重要です。

「圧力」「監視」というと冷たく聞こえますが、単純に見守ってあげる眼差しが要るということです。人は見られることで頑張れるのです。

人に宣言した自分の言葉はなんとかして守りたいし、
信じて見守ってくれる人は裏切りたくないし、
他人からの課題は締め切りまでにやり終えなきゃと思います。

この眼差し効果がなかったら、この世の製品やサービスや芸術の多くは間違いなく生まれていないし、維持もできていません。

勉強も同じです。教育も同じです。

要するに、塾や予備校が持っていた「講義・授業」以外の機能に関する需要は、映像授業が浸透しても残るということです。

それでは、その需要の受け皿は何になるのでしょう。

僕はそれこそ「伴走者」だと思います。

今まで塾・予備校が持っていた「講義・授業」と「それ以外の機能」が完全に分業化していき、前者は映像授業などによる少数のカリスマ講師による寡占によって継承され、後者を受け持つのが伴走者になると思うのです。

伴走者というのは家庭教師のような存在を想定してください。

しかし、授業をするのではなく、学習を進めるうえでのコンサルティング、勉強のスケジュール管理や課題確認の手助け、相談の対応などを行います。

今の教育業界で浸透している言葉でいえば
「スタサプ×家庭教師」に近いです。

映像授業により塾・予備校代が安くなった分を、専属の家庭教師に投下する家庭がきっと多く出てきます。

このような現象こそが「伴走者」の需要の高まりの表れです。

伴走者と家庭教師の違い

僕が家庭教師という言葉を避け、「伴走者」というのには2つの理由があります。

まずひとつは、伴走者をビジネスにしようとしたとき、それは家庭教師とは形式の異なるものになるから。

そしてもうひとつの理由は伴走者は教師というよりも「教師と友人の中間」のような関係を生徒と築くべきだと思うからです。

まずひとつめ。

伴走者は上記した通り、授業の低価格化によって浮いたお金を吸い取ることでビジネスになると思います。

しかし、ただの家庭教師を雇ったのでは、映像授業の問題のうち「仲間ができない」という点が解決しません。家庭教師という学習支援サービスを選択した時点で仲間ができないというのは不自然だと前から思っていました。

そこで、伴走者は従来の家庭教師が授業に注入していた労力を、コミュニティ形成に向けてはどうかと思うのです。

要するに伴走者は、同じ伴走者についている生徒同士を横でつなげたり、自分が生徒のためにプラスになると判断した外部者を繋げたりするのです。

こう聞くと少し危ない臭いもするようですが、地域の児童館のようなものを想定していただければよいのです。違う学校の児童が集まって、児童館の人を通じて友達にあることもありますし、地域の人がゲストになってイベントを開いたりもします。

これの学習特化型のものを形成するのです。
(そもそも僕の持論として、教育はコミュニティによってなされるべきという考えがあるので。。。)

これは難しいように聞こえますが、ただ始めるだけであればSlackやMicrosoft Teams、Chatworkあたりのサービスを使えばわけなく実現できます。

そのようなプラットフォームがあれば、積極的な生徒は質問・交流・発信などができますし、そういうのが苦手な生徒はROM専で見ていればよいのです。

ここで伴走者が答えられる範囲の質問は答えても良いし、生徒同士で教え合っても良い、伴走者が意義深いと感じた記事や、参考になる学習Tipsをシェアしても良い。

ただの雑談広場にならないように伴走者が目を張っておく。

今はコロナ過のためオンラインベースでのプラットフォームを想定しましたが、これが塾のように実際にある場所になっても良いと思います。

伴走者がいつもそこにいて、生徒の居場所になるような。

基本的に勉強をしにくるので自習スペースがあるのですが、ワークショップをやったり、ただ合間におしゃべりをしてもいいし、目標を共有したり・・・とかね。まあこちらはいろいろ起きそうな問題がよりたくさん思いつきますが・・・・。

ふたつめ。

伴走者は「教師と友人の中間」のような関係を生徒と築くべき

伴走者は授業をするのが仕事ではないので、科目の知識に穴があっても責められる筋合いはありません。その一方で、生徒からの信頼を獲得する必要はあります。

僕が最も良いと考えている信頼の条件は「憧れ」です。

伴走者は、科目にせよそれ以外の分野にせよ、生徒にどこか「憧れ」られる存在であるべきです。一目置かれている友人のような。

つまり、「先生だから従う」のではなく「この人だからついていく」が理想です。

そういう縦方向に限定されない関係の方が、上記した映像授業で満たせたない問題点をより強力にカバーできます。

家庭教師も学校の教員も予備校の講師も、憧れという感情を獲得するべきだとは思いますが、やはり授業をするという形式がある以上、縦の関係を基軸とした形で生徒をリードしていくことになります。

一方伴走者はリードするのではなく横について同じ方向を目指す仲間です。必要があれば後ろから後押しもします。

今まで家庭教師も学校の教員も予備校の講師も同じ機能を一部になってきましたが、そこはあくまで任意というか、「そういうことをしてくれるのが良い先生」みたいな印象論に丸め込まれていた感がありました。

ここに焦点を当てて積極的に動いていくプロフェッショナルが伴走者です。

まあ、持論空論なので僕個人が良い伴走者になることを考えていますよ・・・

誇大妄想的な教育業界の展望はこんな感じですが、正直僕が良い伴走者になりたいだけなのです。

良い伴走者であることが僕の理想の教育への関わり方なのです。

今も副業で家庭教師をやっていますが、あくまで伴走者という意識です。そこに教師―生徒という明確な上下関係、力関係は発生させないようにしています。

信頼しあえさえすれば、人は相手の話を聞きます。

信頼した人を失望させたくないから頑張るし、信頼した人の言うことはやってみようという気になります。

上下関係や力関係ではなく、信頼関係で相手を動かすのが伴走者だと思います。

てなわけで、信頼関係をしっかり築ける人になりたい。

良い教師であることと、良い人間であることは同義だと僕は思っています。

なので日々精進なのですが、やはりいろいろな種類の人間を分かり合うために、知識を広げ、懐を深める必要はありますし、人の気持ちを考えたり、モチベーションをあげてもらったりするための基本的な方法論は勉強しておくべきなんですよね・・・。

ちょっと読むべき本でも羅列しておこうかな。

コーチングの技術は知っておいて損はない。

個人的に周囲に上記のような性質をもった知人が多いのですが、不特定多数の人間と関係を構築していくような仕事をする以上、最低限の理解をしておくことはマストだと思っています。

それぞれ何冊かすでに読み、当事者とも深く話したことがありますが、こういうのは社会的な課題である以上に、目の前の相手との個人的な課題です。

一般論を理解したところでそれが答えではないので考え続けないといけませんが、だからといって一般論を知っておくことは無駄ではない。どころか前提だと思うので。

老いも若いもスマホパラダイス。めちゃくちゃ便利なので使わない手はないですが、これが習慣や人間関係や脳を破壊する副作用を持っていることを忘れてはいけません。

学生の、特に中高生のスマホ依存は問題化しており、成績悪化との相関関係も指摘されています。

上手い使い方を示していけるようにならないとなあと思います。

ABOUT ME
ささ
25歳。 副業で家庭教師をやっているので教材代わりのまとめや、世界50か国以上旅をしてきて感じたこと・伝えるべきだと思ったこと、ただの持論(空論)、本や映画や音楽の感想記録、自作の詩や小説の公開など。 言葉は無力で強力であることを常に痛感し、それでも言葉を吐いて生きている。 ときどき記事を読んでTwitterから連絡をくれる方がいることをとても嬉しく思っています。何かあればお気軽に。