自作の小説や詩など

『ニュース』(短編小説)

本日午後3時頃、国立公園沿いの××通りを全身裸の男が歩いていると110番通報が入り、駆けつけた警官が男を現行犯として捉えました。

通報した女性は「男が裸で公園の横をフラフラと呆然としたようにゆっくりと歩いていた」と話しています。

また公園近くのマンションで男性物とみられる衣類一式が脱ぎ捨てられているとの情報から、警察がマンションに取り付けられた防犯カメラの映像を確認したところ、通報から数分前に裸でマンション内を歩く男の姿が映っていたということです。

警察の調べによると、マンション入り口の防犯カメラに捉えられた男ですが、この時点ではまだ全ての衣服を身につけていたといいます。その後マンション内に侵入した男は階段を使って3階まで上がり、今ご覧いただいているこちらの部屋のインターホンを押したということです。

3階に設置された防犯カメラの映像を確認したところ、この時点で男は既に裸になっており、加えて脱ぎ捨てられた衣類は3階に続く階段の踊り場に脱ぎ捨てられていたことから、男は階段を上る途中で身につけていた衣類を全て脱いだと思われます。さて、この男がマンションで訪ねたとされる女性にニュースXは直撃取材をして話を伺いました。兼ねてから男と交際があり、知人だったいうその女性は次のように語りました。

「知ってましたよ。はい、学生時代からの長い付き合いです。あ、いやそういう関係ではないですし、そうだったこともありません…。そうですね、時々尋ねてきて家に招くこともあったので玄関の鍵はいつも通り…はい、何も考えずに開けました。ええ、マンションのです。そのときは普通でしたから。服ですか?着てたと思いますよ。わざわざ見てないですけど。ちょっとしてここのインターホンが鳴ったので…はい、そうです。玄関の扉を開けたら裸で立っていたので驚きました。…えぇ…ショックでしたね…ショックというより、はい、本当に驚いて動転したというか、気持ちが悪くて。追い出して、閉め出してしまいました。はい、部屋に駆け込んで鍵を閉めて。…しばらく動転してたんですけど…落ち着いてから考えても意味がわかりません。昔ですか…別に普通ですが少し考えすぎるというか、それで自分の世界を持っていたような感じはしたかもしれないです。けど特に飲んだりしても裸になるとか、奇行に走るとか、そういうことはありませんでした。本当にわけがわかりません…。」

ということですね。女性は男性と恋愛関係・肉体関係ともになかったということですから、非常に動揺されたと思います。ご協力いただきありがとうございました。

女性の元から追い出された男性はそのままマンションを出て、通報があった××通りまで裸のまま歩いていった…ということです。逮捕された男は取調べのため質問をする警察に対して、奇妙な発言を繰り返しているといいます。男の発言をこちらにまとめさせていただきました。」

キャスターがフリップを持ち出した。

寒い金曜日だった。早く終わった仕事の後につまらない友達からの飲みの誘いを断って、お腹を空かせて家に着いた。ソファに荷物を投げ出すのと同時につけたBGM替わりのテレビからは夕方のニュースが流れていた。それを横目に見ながら、疲れ目をこじ開けて夕食の支度をしていた私は、ニュースキャスターが胸の前で構えたそのフリップを見て料理をする手を止めた。

こちらが警察に動機を聞かれた際の発言ですね。 

【作り物だった殻を全部取り払って、ありのままを見て欲しかった】

精神的に追い込まれていたのでしょうか。あるいは社会のプレッシャーに押しつぶされたか…しかし、とはいえいきなり裸でただの知人女性を訪ねて行くのは理解に苦しみます。……

そのあとにもいつくか、警察の質問、それに対して男がしたとされる発言の読み上げ、そしてそれを断罪するかのようなキャスターやコメンテーターの言葉が順番に続いた。

私には、それはもはやニュースには聞こえなかった。皮を剥かれて真っ二つにされた玉ねぎをキッチンに残して、気がつくと私は床に座って食い入るようにテレビを見つめていた。

ーーーもう少し詳しく動機を話してください。


【誰も自分を見たことがないという孤独に耐えられなかった。自分のままでいてはいけないんですか。本当の姿を受け入れて欲しいという気持ちは罪ですか。】


まるで露出狂のような発言ですね。通報されなかっただけで、これまでも陰ながら同様の迷惑行為をしていたのかもしれませんね。

ーーーどうして裸のまま公園の通りに?


【彼女以外にも見せようとしたわけではありません。ただ新しい服が必要だったんです。服を買いに行く途中でした。その道のりが思ったより長かっただけです。】


どうして脱いだ服をまた拾って身につけなかったのか疑問ですね。となるとやはり彼女に足蹴にされたことで発狂し、さらなる奇行に走ったというところでしょうか。

ーーー自分の発言がおかしいことはわかりますか?


【おかしいとは思いません。しかし、あなたたちにはおかしいと思えることはわかります。私はあなたたちのように単純に生きてきたわけではないですから。】


かなり的外れな答えですが…被害者女性の語った通り、思い悩みすぎて精神的におかしなところがあったのかも知れません。次の警察の質問はその方面に立ち入ってますね。

ーーーあなたは自分が不幸だとおもっているのですか?


【私が、というよりは全人類は不幸です。この世は不条理で不完全です。それに気がつかない方が幸せとも言えますが、それはまた不幸でもあるかもしれません。】


まるで哲学者でも気取っているかのような発言ですが…全く今回の事件との結びつきがあるようには思えませんね。

ーーーあなたのような行動に出なくても普通に生活している人ばかりですよ。


【世界はすばらしいとか人生はうつくしいとか、そういうことを信じてるのって何も知らないバカだけさ。あなたは何にも考えてないだけ。死んでるのと同じ、ゾンビみたいなもんだ。】


かなり過激な発言ですね。他人を殺す以外に、自分が生きていることを実感する方法がないのでしょうか。

キャスターの声や言葉遣いはいつもと同じだったはずだが、私にはそれがやけに厳しく、攻撃的に聞こえた。

この男の発言を見て私は、微かな安心を覚えるとともに、心の奥底で大切に注いできたグラスの水をひっくり返されるような思いがした。水は不規則に広がる。不気味な形を映し出し、砕けたグラスの破片がチクチクと柔らかい部分に触れる。

ニュースキャスターが続ける。

ということで。いまいち釈然のしない発言ではありますが、理由はどうあれこのような奇行は許されることではありません。誰も暴力的な危害を受けなかったことは幸いでした。男は現在○○署に身柄を拘束されており、警察は精神鑑定も視野にいれて男についての調べを続けています。続いてのニュースです。△△動物園でかわいいトラの赤ちゃんが……

キャスターがニュース読み続ける中、私の頭の中では、男の聴取中の発言とそれに対するキャスターのコメントがぐるぐると巡って繰り返されていた。

壁にかかった時計に目をやる。午後7時過ぎだった。男がいる○○署は隣の市だ。電車に乗れば40分ほどで着く距離にある。遅すぎるだろうか…、行ってどうするんだろうか…。

結論を出す前に私は動き出した。ガラガラの登り電車の中で私は、(あのニュースにあれだけ時間かけて報道するなんて、なんて平和な日だったんだろう。まるでみんなで申し合わせてあの男の逃げ場を阻もうとしているようだ)と思った。

電車を降り、駅の階段を駆け下りて○○署へ向かう。署の駐車場で、あからさまに記者らしいトレンチコートをきた中年男性が、メモ帳をポケットにしまい込んで車に乗り込もうとしていたので声をかけた。

「××通りに出た変態の取材にきたんですか?」

「そうだよ。大した事件じゃないからそんなに粘っても仕方ないし、帰るよ。ていうか、あんた誰?」

大した事件じゃない…私は小声で繰り返した。

「え?なんだって?」

「…友人です。彼の。」

言葉をつなごうとした記者を無視して署の中に入った。警察署など入ったことなどなかったがとにかく奥の方に進んでいくと、当直で出勤してきたところと思われる私服のままの警官に止められた。

「待って待って。あんたどなただい。困るよ勝手に入られたら。用があったらまずはあっちの窓口に言ってくれないと。」

私はその言葉を黙ったまま流して、目の前の長い廊下の先を見つめていた。途中の扉が開いて、中から2人の警官に左右につかれた1人の男が出てきた。


ーーーいた。

ニュースで男の顔は公開されていなかったが、男をみたときに彼だとわかった。

彼も私に気がついて顔をこちらに向けた。

私は同じことを繰り返している当直の警官を無視して彼に向かって小さく叫んだ。 

「どうして裸になって彼女を訪ねたの」

警官に逆方向へ促されながらも彼もまた小さく答えた。

「世界を変えると思って僕が取った行動は、僕の世界を壊してしまったみたいだ」

2人の警官は異常者を見る白い目で目配せしてまた彼を連れて歩き始めた。遠くの角を曲がって消えるまで、彼がこちらを見ることはなかった。私は数秒か30秒か、黙ってそちらを見つめていた。

「すみませんでした。帰ります。」

苛立つ当直の警官に頭を下げて署の外に出た。再び駅に向かってゆっくりと歩きながら、数歩ごとに視界を曇らせては散ってゆく自分の白い息をみて、(裸でいるには寒かっただろうなぁ)と考えていた。

彼の言葉のなかに、そしてそのときの彼の表情に漂っていた諦めの色を忘れることはないだろう。

温めようと口元に当てた手からは微かに玉ねぎの臭いがした。

お腹がグーとなって、忘れていた空腹を思い出した。

来週の金曜日、もしまたあいつが誘ってくれたなら、次は一緒に飲みに行こうかな。

ABOUT ME
ささ
25歳。 副業で家庭教師をやっているので教材代わりのまとめや、世界50か国以上旅をしてきて感じたこと・伝えるべきだと思ったこと、ただの持論(空論)、本や映画や音楽の感想記録、自作の詩や小説の公開など。 言葉は無力で強力であることを常に痛感し、それでも言葉を吐いて生きている。 ときどき記事を読んでTwitterから連絡をくれる方がいることをとても嬉しく思っています。何かあればお気軽に。