持論や考え

一生胸に刻んでおく思想のリスト(個人用)

個人的に一生胸に刻んでおくべきだと考えている思想のリストです。

①大切な人が苦しいとき、悲しいとき、辛いときにふと思い浮かべる顔が、自分の顔であるような人間であること

うまくそんな人間に近づけてはいると思う。少しずつ。

でも、相手が自分を一方的に利用するように、辛いときだけ僕を頼ってきたことがあって、あまりにも自分本位の僕の使い方に、思わず突き放すような言い方をしてしまったことがあった。

その時は自分も辛い時期で、ひとりでいるときはずっと苦しんでた。そんなときにランダムにネガティブなメッセージだけ吐き出すよう送り付けられてしまい、内容が内容だけにとても心配していたのに、その後裏切られるような利用のされ方をしたので、つい。

自分にも余裕がないと体現出来ない思想だと痛感した。突き放した相手も、きっと余裕がないから人の気持ちを想像するまで手が及ばず、そういう態度をとってしまっただけかもしれない。せっかく頼ってくれたのに、申し訳ないことをした。

また、別件だが、とても自分を頼ってくれる異性がいたが、次第に依存という域に達しつつあるように見えた。恋愛対象としての好意も伝わった。好意に応えて新しい関係に進めないか、自分なりにかなり考えてみたが、そうしてしまってはいずれ自分が相手をぼろぼろに傷つけてしまう気がした。これ以上近づいてしまったたら、離れるときの痛みが大きくなりすぎてしまうような。

だから、好きになられてしまったら、もう彼女を救えない。と僕は諦めて、彼女と離れた。というか、彼女が自分から離れた。きっと僕の意図を理解した。彼女とは一切連絡を取らなくなったが、元気にやっているだろうか。心配だけど、もちろん連絡を取るわけにはいかない。もっと時間が経てば、あるいは。どれくらい?わからない。

と、まあ。やはり本当に誰かを救うというのは、お互いの関係性の問題をはらむので、いつも同じ対応・同じ姿勢で臨めるものではない。だから「顔を思い浮かべてもらう」くらいでちょうどいい。僕にも、顔や言葉を思い出すだけで強くなれたり、弱い自分を受け入れられたりするような、大切な相手がいる。僕も誰かのそれになれればいい。自分が大切に思っている人の、それに。

連絡を取らなくたって、毎日のように思いだす人はたくさんいる。僕たちはお互いにそういう風に水面下で関係しているのだと思う。心の中にしか存在しないそんな関係も、大切の育てるべき関係のひとつであるはずだ。

②自分の行いと同じことを、世界人口70億が行った時に、世界が少し良く方向に向かう行動をとること

自分の行動指針を、全世界への想像力を使って確定するための言葉。また、自分とういう個人が、世界という全体に対して持つ責任の範囲を確定するための言葉。

ひとりがゴミひとつポイ捨てしても世界は大丈夫だが、70億がそうしたらまずい。ひとりがゴミをひとつ拾っても何も解決しないが、70億がそうしたらこの星はずいぶん綺麗になる。

ひとりが注文していないドリンクバーをこっそり飲んでも経営には影響がないが、お客さん全員がそうしたらドリンクバーというシステムは破壊され、ドリンクバーを欲するすべてのお客さんが損をする。

なんだかゲーム理論のような話だけど、実際に起きていることがこれ。

世界に善い傾きを持つ行動と悪い傾きを持つ行動がある。善の傾きが、悪の傾きを補う形で成立しているものであふれている。

僕はその、善の傾きに出来るだけ寄与したいと思っている。だから無断駐車とか、信号無視とか、明らかに悪への傾きを持つちょっとしたズルはできるだけしないようにしている。ちょっとしたズルなのでしたくなるときもある。でも、上の言葉を思い出して、頑張ってしないように考え直す。

ただ、何が善へ向かい、何が悪へ向かうかは、世の中のシステムや人々の価値観の変化によって移り変わる。

例えば、ペットボトルなどのプラスチック消費は環境に悪影響だというのが直感的な常識だが、もしプラスチックリサイクル率が100%に近づいたうえで、プラスチック製造の会社や、飲料の会社が、CSRの一環として売り上げから環境問題や、貧困、教育などの社会の基礎となる分野の改善に尽力するNPOなどに多額の投資をしているとする。

仮定の話だが、こうなるとペットボトル飲料を多く消費する人間の方が、より善の傾きを持っているということはありえる。

誰の知識も完全ではないので、善悪の傾きを峻別するのは難しい。

さらに、ある点で悪の傾きを持つ人間が、別の点では善の傾きを持つという事実がある。

僕はここまで例示したような分野については善の傾きを意識した行動をしている一方で、どうにもならない必要性や明確な理由もなく都心に住んでいる。

このようななんとなく都心に住む人間が溢れかえっているので、地方が活性を失うのかもしれない。核家族化が進み、家族という共同体が機能不全に陥っている。子どもは減っている原因のひとつもそれだが、子どもが減っているにもかかわらず保育所が不足しているのは子どもを預ける必要がある人間が増えているからだ。だからさらに子どもを持つのが難しくなり、少子化が進む。都市はお金がかかるし、娯楽も多い。晩婚化も進む。だから祖父母世代の世話は親世代ではなく介護サービスや行政にゆだねられていく。そこに税金がかかると、若い世代への公的な投資はさらに困難になる。教育、子育て支援。立ち行かない悪循環だ。

こんな問題に関して、僕はまったく寄与できていない。

たぶん結婚しないか、結婚するにしても遅いだろう。都心にこだわって生きているわけではないが、地方や親元に移動する理由が見つけられず、これかも状況は変わらないと思うと、やはり悪の傾きを持っているのだと思う。

すべてに置いて善の傾きを維持することはできないが、世界中70億が全員自分なるという割と気色の悪い思考実験をしたときに、世界が今より良くなる点が多いような人間であれれば、それで良いかなと思う。

逆に、環境問題を解決するためにひとりで完全菜食主義になる必要も、一切車や飛行機にならなくなる必要も、完全なるフェアトレード商品しか買わなくなる必要もなくて。

平均よりもそういうの控えているから、みんなが僕くらいになれば、世界は今より良くなるよね。と、そのくらいの範囲で自分の責任を限定して果たしていければいいのだと思う。そうしないと、いずれ自分の中が何かのバランスが崩れてしまったり、悪の傾きを持つ行動に過剰の怒りや不快感を抱いてしまうようになるのだ。それこそが別の悪の傾きだと思う。

③過去の意味は、それに立脚して生まれた新しい決断や行動によって変化する

このブログでもいつか書いたことがあるが、僕は大学にいるときに、「周りもやっているから」という理由でカンニングをしたことがある。電子辞書使用可の試験だったので、みんなメモ機能がある電子辞書にレポートを用意して試験中に書き写していた。僕はメモ機能付きの電子辞書を持っていなかたので、紙の辞書を使って同じことをした。まあ、もちろん不自然だ。

それで、バレてからとても深く反省した。実はカンニングしているときからやってはいけないことだと気が付いていたので気が気ではなかった。自分には向いていない行動だった。この時は②で書いたような思想はまだ見つけていなかったので、全授業英語で実施、周りは海外在住経験者ばかり、自分はただ受験で英語を勉強しただけ。そんな学部内でもかなり勉強熱心だった僕は、必死で食らいついて第二言語でもがいているのに、これまで英語を使う機会にたくさん恵まれてきた人たちがズルして僕より良い成績をとるのが嫌だったんだ。僕が他人との比較でしかものを考えられない、本質と向き合うのを拒否する、未熟で愚かな人間だっただけ。

実はこのカンニング事件は、僕が大学受験で第一志望に落ちたことが原因だと僕は考えている。高3の僕は、結構いい奴だった。まっすぐで一生懸命で。中学ぐらいから僕はそういう奴だったんだけど、人間関係の中でうまく表層を取り繕って、自分の中の真っすぐな道を見ないふりをできるような醜い賢さを身につけていったこともあり、思春期の僕はいい奴だったり悪い奴だったり、面白い奴だったりつまらない奴だったりした。今の僕からみてね。

で、高3のときはわりいい感じだった。でも受験に落ちて、それでも一般的には喜んでいいような大学に受かっていて、「第一志望以外には興味がない」と思っていたし、公言もしていた僕は、かなり不貞腐れた感じで第二志望に進学した。(本当に興味がないなら第二志望なんて受けるなよ、といってやりたくなるが・・・)

そんなこんな大学1年の僕は最悪だった。その結実が、大学1年の最後にしでかしたカンニングだった。

でもこのカンニングがバレる(もちろん停学)というショック療法のおかげて、僕は僕の位置に戻ってきた。思春期に何度も揺れ動いてきた幅のなかで、19歳になった僕はこのカンニング事件のおかげで、「いい奴」のほうに、少なくとも自分で自分を好きでいられる自分のほうに、自分の位置を固定化することができた。

だから、この獲得された「自分の位置」に相応しい行動を重ねていくことで、カンニング事件は僕の人生で重要な意味をもつターニングポイントとして記録されることとなる。

過去の意味は変化する、とはこのような意味である。

僕のこの哲学はこれ以降も現在に至るまで続く。

僕は大学3年次に1年間休学して、世界30各国以上を巡る11か月間のひとり旅に出た。そこでの出会いや経験は、僕の思考を大きく押し広げてくれた。もちろん英語も流ちょうになった。今でも連絡を取り合う仲間が世界中にたくさんいる。もうどこでも生きていけると思った。

人を頼るのもうまくなった。たくさんたくさん助けてもらったおかげで、人を助けるということにも抵抗がなくなった。受けた恩を次に流したいと、自然に思うようになった。

僕が第一志望に据えていた大学では1年間の海外の提携先の大学への留学が必須だったので、もし受かっていたらこの大旅行はありえなかった。

だから今は第一志望に落ちた先にある人生があまりに好きなったおかげで、後悔やコンプレックスはなくなったし、不貞腐れてなんて全然いない。

その以外にも、予約していた電車の乗り過ごしたなんていう小さな失敗から、親友が自殺してしまうという人生でいちばん大きな出来事に至るまで、僕は首尾一貫してこの「過去の意味は、それに立脚して生まれた新しい決断や行動によって変化する」という哲学を貫いている。

乗り過ごしと自殺を同じ考え方で処理しようなんて…という風にも思えるかもしれないが、僕にとってこの思想は、そんな比較が適用されないほど本質的なものなのだ。

だから乗り過ごしについても乗り過ごして良かったと思っているし(実はその後で人生初めて路上パフォーマンスをやった。しかもスペインで。乗り過ごしていなかったらなかった時間。)、親友の自殺についても、悲しく辛く寂しい出来事ではあるし、今でも会いたくて泣くが、「悪い出来事」と思ったことは一度もない。親友の最後の決断を、善悪で語り断ずることは僕にはできないし、したくない。同じく彼と近い関係にあった人は、彼がいなくなった年の年末に「今年は最悪だった」と言った。もちろん彼女は他の個人的な問題で心労を抱えていることも聞いていたので、その言葉も理解できた。しかし、その最悪だった彼女の1年も、これからの決断と行動によって、いうか別の色や香りをもって思い出される日が来ると思う。

これは負け惜しみ哲学ではない。本当に自分で行動すればきっと聴くことになる。過去への後悔や執着がスッと影を潜め、人生に必要だった糧へと、その性質が変わる音を。

④世界の開閉:ひとりのときは世界を閉じて、ふたりのときは世界を開く

自分という箱に閉じこもっていては人間関係がうまくいくことはないということに、あるときから気が付いた。小さい頃は家族といる自分がすべてだったのに、小学校の高学年にもなると外の自分と中の自分に大きな乖離が生まれてきて、僕はそんな自分があまり好きじゃなかった。小学生の間はなぜか「俺」なんて自分に似合わない気がしてこそばゆかったので周りの女の子たちを真似して「うち」という一人称を使っていた。他にもそういう男子は何人かいた。中学に入るときどうしては自分を変えたいと思い、快活なイメージのある「俺」を一人称に使うようになった。中学・高校と、外では板についていた「俺」という一人称も、家族の前で自然に使うようになるまでに数年かかった。(ちなみに文章では基本的に「僕」をつかうことにしている。敬語で対応する相手と話すことが多いけど「私」というほどフォーマルではないので最近日常生活ではよく「僕」を使う。僕はこの「僕」モードの自分がイチバン心地よいというか、好き。)

一人称さえ統一するのに数年かかったのだ。この自分が嫌いな、外と内での自分の分裂。僕はこれをどうにか統合しようと試みた。「俺」が内での一人称にも侵食したように、僕は外での自分の方が好きで、そのほうが本当の自分に近いと思っていた。だから家族には言えるけど友達には言えないことがほとんどない一方で、その反対はたんまりあった。だから、この外と内の統合というのは、外の自分を家族の前でありのままに出せるようにしていくという作業だった。

要するに、外で開いていた自分の箱を、家族の前でも開けるようにするということ。

実はこれは単なる慣れの問題で、自分も外の自分を家族の前で出すことに慣れていったし、家族もそういう僕に慣れた。大学も後半になると、内と外の二分法に限らず、どこでもだれに対してもほとんど同じ自分で接することができる人間になった。(もちろん言葉遣い、気遣い、対応、考え方などは相手との関係性によって調整されるけれど。)

気づけば僕の箱は常に全開状態に近い。

長く旅をして何百人という人たちと、世代・言語・国・宗教・性別・文化・人種などを越えて対話してきたのだから当然かもしれない。

助けてもらったこともたくさんある。
いつの間にか、人と話すときのデフォルトセットとして相手を信用するようになっていた。

だから僕は結構すぐに人を好きになる。すぐ人に懐く。

誰かと一緒にいないときも、誰かのことを考えていることが多い。
だからひとりでも平気という側面があった。

でもある叶わない恋をしてから、なぜかひとりでは平気じゃなくなってしまった。

一度近い距離を想像してしまったからか、その温かさに触れてしまったからか。いや、懐いているとか想いやるとかとは違って、恋愛感情というのは相手に何かしらの返報を求めるものだからだ。

もちろん失恋後のショックが引き起こしている問題なので、本当に僕が人としてひとりでは平気じゃない人間に変質したわけではなく、一時的な症状である。

ただこの症状が強く出ていた時に、僕はいつも、その恋の相手に限らず誰かしらからの連絡を待っていた。あるいは反応を待っていた。だから調べ物をするためにスマホを手に取ったのに、ついSNSを開いてしまう。これは前にはなかった現象。

自分で分析するに、これは恋煩いによる寂しさのせいで、僕の箱が対人用に開いたままで閉じられないから起きていた現象だと思う。開いているので、誰かを待ってしまう。自分ではコントロールできないことなのに、不器用に待ってしまう。待つことしか出来ない。

僕は相手かまわず箱が開いているような人間だけど、ひとりでいるときにこの箱が空いているととても苦しんだなあ、ということを学んだ。
一方で家族という、箱を開けて接したい相手に対して箱が開けられなくて嫌だった昔の自分を思い出す。

ひとりでいるときの世界、つまり箱の中の閉じた世界。
ふたりでいるときの世界、つまり箱を開いて出来る世界。

このふたつの世界の使い分けが、安定した精神状態、自立した行動指針、信頼のうえの人間関係などを実現するために、ひとつ重要な能力であると考えている。

⑤隠されたストーリーを想像する

隠されたストーリーというのは、僕が旅をしている時に思いついた考え方で、自分の思考用に作られた造語のようになっている。

この言葉は主に2つのシナリオで使われる。
どちらも共通するのは、自分が知ることのできない範囲にまで想像力の地平を広げるということ。知ることができることは知った方がいいが、すべてを知ることはできないので、隠されたストーリーとしてある種、便宜的に捏造する。この場合、自分の感情のコントロールや、他者との関係、生産消費活動の指針にするという目的を達成するための道具として隠されたストーリーが想像されるので、それが真実かどうかは重要ではない。
同時に、ゆえに、隠されたストーリーを人や物に対する直接的な判断に利用することはできないので、気をつけないといけない。

2つのシナリオは以下の通り。

①人が持つ隠されたストーリーを想像することで、現在の相手の行動や言動、考え方などに対して合理的に納得できる理由を与える。こうすることで、「自分でも彼のようになったかもな」という前提を、相手に対する主観的な感情や判断を固定化する前に据えてしまう。相手への怒りや失望、その理由のすべてを属人的なものとする誤解を防止する。

②物が持つ隠されたストーリーを想像することで、その物の生産にどれだけの人がどのように関わってきたのか、その物の消費によって自分はどのような影響を世の中に与えるのかを意識上に引っ張り上げる。こうすることで、毎日の物の使用や消費が豊かになるだけでなく、敬意なく無下に生産者や作成者を否定することを避け、倫理的な消費活動を行う指針にもなる。

まあ、例えば混んだ道を歩いていると、肩と肩がぶつかることがありますね。それで舌打ちと共にちょっとした暴言を吐かれることもある。

こうしたときに「なんて嫌な奴なんだ」と思うのもひとつだが、僕はこういうときに隠されたストーリーを創作するべきだと思う。

この人は僕とぶつかる前に誰かとぶつかってイライラしていたのかも、とか。大事な待ち合わせがあるのに電車が遅延して急いでいたのに、いつもの駅の出口も工事中で回り道をするはめになっている、とか。もしかしたらその人の母親が病院に緊急搬送されたという報せを受けて急いでいたのかも。(縁起でもないけど。)

別にこれくらい拙い想像でも、自分の心がそれで落ち着くなら問題ない。

ドタキャンされたとき、凄惨な事件の報道を見たとき、レストランで注文を忘れられたとき、部下が仕事をトチッたとき、親や恋人に謎にキレられたとき、買ったものが不良品だったとき、などなど。

どのような隠されたストーリーが想像できるだろう。

別に隠されたストーリーですべてを正当化しろということでもない。悪いことは悪いので、もちろん凶悪犯罪者の生い立ちにどれだけの事情があっても犯罪を擁護することはできない。だたそれはその生い立ちをすべて無視していいということでもない。

同じように、日ごろから他者に対して様々な判断を下すこと常に避けなければならないということもないが、問題の事柄の背景を無視していいことにもならない。だからせめて隠されたストーリーを想像するのだ。

2つ目のシナリオはもう少し具体的。

エシカルコンシューマーという表現もだんだん聞く機会が増えてきた。「②自分の行いと同じことを、世界人口70億が行った時に、世界が少し良く方向に向かう行動をとること」で書いたことと実は似ているのだが、物にも隠されたストーリーが存在する。

観光客が喜んで乗るタイの像が日常的に虐待されているとか、パリコレで発表されるような高品質のドレスを作っているインドの技術者は劣悪な環境で驚くほどの低賃金で働いているとか、パーム油の生産過程では多くの熱帯雨林と生物の多様性が破壊され環境問題となっているとか。

この辺は有名どころなので隠されたストーリーというか、まあ事実に近いのだけれど。それでも消費者の目からは隠された場所がこのような不正義が横行し、不条理に被害を被っているひとたちがいる。

だから自分の生産・消費活動の裏にある、普段は隠されているストーリーを想像することにしている。この話では隠されたストーリーは捏造ではダメで、きちんと調べた方がいい。

ただこれがサービスや芸術を楽しむときには、やはり捏造でも隠されたストーリーを想像するべきだ。

「なにこの映画、つまらない。」「なんだよ今のプレー、下手くそだな。」「大した料理じゃなかったね…」などなど。

では実際に映画を撮ってみたらいい。5分の映画でも十分。
そう簡単に人の作品を貶せなくなると思う。好き嫌いはもちろん好みなのであってしかるべきだけど、製作者への敬意を失ってはいけない。

スポーツだって、人生のすべてを賭して汗にまみれた努力が、僕たちの想像を超えるくらいに積み重なって、プロのクオリティになっている。「下手くそ」と思うプレーがあっても、過程への敬意を忘れてはいけない。

「こっちはお金を出しているのだから文句を言ってもいい」という考え方もあるが、もちろん約束のサービスが反故にされている場合のみ。

映画館で映写機が止まったとか、真剣勝負のスポーツマッチで八百長があったとか、料理に異物が入っているとか。それは確かに問題。

それでもすべての敬意を無視していいことにならないけど。

でも現実には特に約束のサービスが反故にされているわけでもないのに、自分のお気に召さないだけで、隠されたストーリーを無視して何を断じてしまうことは多い。

そうしそうになるたびに、僕は隠されたストーリーという言葉を思い出し、正しい思考のルートに自分を置き直してあげるこtにしている。

⑥人との交流で悲劇的なことは、言葉が誤解されることではなく、沈黙が理解されないことだ

ヘンリー・ソローの言葉。
アメリカ、ボストン近郊のウォールデンの森で過ごした経験を、彼の思想と編み込んだ代表作『ウォールデン 森の生活』で有名。

そもそも僕が旅に出たきっかけは、ショーン・ペン監督の『イントゥ・ザ・ワイルド』という映画を観たことだ。この映画は、アラスカの森で自給自足の原始的な生活に身を置いた青年クリストファー・マッカンドレスについての実話をベースとして作られた作品。
そしてマッカンドレスが作中で最も影響を受けたとされたいるのが、ソローの思想。

つまり、僕はクリストファー・マッカンドレス、そして彼の人生を『荒野へ』という書籍(これが『イントゥ・ザ・ワイルド』の原作)にまとめたジョン・クラカワー、そして映画を作ったショーン・ペンという、多層フィルターを通しているものの、結局はソローの思想にあてられて旅に出たということだ。

以来、世俗的なものや、資本主義的な思想と社会システムから逃れて生きていきたいと思い、また旅に出てみたり、文学を書いてみたり、農業をやってみたりと中途半端な思想にかぶれて、着地点の見えない時期を過ごしたこともあった。

まあ、この時期は得たものも多かった。数えきれない土地を訪れ、いろいろな種類の人たちと対話し、本もたくさん読んで、芸術にもたくさん触れた。この時間が僕にくれた知識と経験、出会いと感情、そこから練りあがった自分の価値観や思想、これらはかけがえのないものだ。

それでも現実さんとも仲良くしたいというか、そのシステムにも多くのメリットがあり、自分が躍動するのに多少便利に使える気もしてきた。これは、それから距離をとって観察したからこそ見えたものだ。

閉じ込められたまま部屋にずっといるのと、外や他の景色も知ってからその部屋を見るのでは、たとえ見えているものが同じでも見え方が異なる。結局最初の部屋に留まることになっても、後者では自分の選択の結果になる。閉じ込められているのとは違う。

という感じで、ソローの思想から波及的に僕の人生は、それまでとは違う向きに舵を切って走り始めた。

先日、そんなソローの語録を読んでいて、この言葉に出会った。
「人との交流で悲劇的なことは、言葉が誤解されることではなく、沈黙が理解されないことだ」

言い得て妙。

これまで人より多くの言葉を吐いてきたけど、言葉の限界地点をどのように塗り替えていくのか、というのが口頭でのコミュニケーションでも、文筆でも、共有のテーマだった。

もちろん人間には表情、声色、姿勢など非言語的なコミュニケーションの能力も備わっているが、言葉ほど具体性の高いものは他にない。

しかしそれでも伝わないことが多い。特に感情面は言葉に出来ない。

言葉にしたことによって感情が形を持って暴走してしまうことも多い。

物語や絵画や音楽など、芸術の多くは、社会的に合意された既存の「意味」や「定義」の組み合わせに頼ることしか出来ない言葉による伝達範囲の限界を超えて、創造的に新しい伝達の領域に踏み込もうとする試みだと思う。

僕の言葉や人間関係、芸術に対するアプローチは概ねこんな感じ。

だが、ソローに言わせるとどうだろう。
本当に悲劇なのは、言葉が誤解されることではなく、沈黙が理解されないこと!

これは鳥肌が立つほどの思想の転換だ。
言葉に出来ない、どうにも表現できない。
だから僕たちは沈黙している。

これが理解されれば、僕たちは大いに安心感を持って社会で生きていけるのではないか。言葉にされたものを解するのではない、何が言葉に出来ず隠されているのか。そこまではわからなかったとしても、なぜ沈黙しているのか、ここに想像力を働かせるべきなのだ。

沈黙を聴こう。

この撞着表現が、言葉という拙いツールと表裏一体をなし、人間関係を支えている鍵なんだと思う。

⑦人間の最上の徳は、人に対して上機嫌で接すること

これを書いているのは2020年の年の瀬だが、この年、イチバン心に刺さった言葉のひとつ。

小説家、エッセイストの田辺聖子さんの言葉。

特に田辺聖子さんを読んでいたというわけではなく、ふと見かけてグサリとやられたわけ。むしろそれから田辺聖子さんのことを知り、まさにいま著作を買って読ませていただいているというところ。

ちょうどこの言葉を知る直前に知り合いと話した時、「あなたはいつもご機嫌ですね」と言われて、なぜかこの言葉が妙に嬉しかった。その知り合いのことは僕は好きだし尊敬もしているので、単純にその人と話すのが楽しみだったし、その瞬間を楽しんでいたからご機嫌だったのだろうと思う。

この知り合いの他にも、僕には数か月~1年に1度くらいのペースで会って話すような友達が何人かいる。そういえばそのうちのひとりにも「なんか、君と話していると羨ましく思う。僕から見るといつもキラキラしているように見える。」と言ってもらった。(そう、僕はこういうちょっとした褒め言葉を真に受け、いつまでも覚えていて心の中に大切にとっておくような、そういうタイプの人間。)

でもこのときは、僕は自分で自分が充実して人生を楽しんでいる自覚があった。よくよくいろいろなことを頑張っていた。自制心を働かせて、目標を立てて、それに見合う行動をし、それが楽しいと思っていた。

友達や知り合いと会うたびに、皆自分と会う前よりも元気になった表情で別れてくれているのが手に取るようにわかった。そんな時期だった。

それは僕が人生のデフォルトセットとして上機嫌を抱えていたからだと思う。今は当時ほど上機嫌でもないけど、まあ割と上機嫌。

この上機嫌は何よりもまず、作り物ではなく本物の上機嫌である必要がある。相手に対して良い雰囲気を伝染させたいのならば。そして上機嫌は、自らの充実と自らの余裕から生まれる。

最近、誰も悪くないのに、結論としてどちらを選んでも誰かしらから責められる可能性があるような八方塞がりな問題と向き合うことがあった。このとき多方面からの意見をまとめ上げ、必死の助言をしたのだが、問題と意思決定の中心にいる当人がまったくそのようなコミュニケーションが出来ず、ただ解決する気もなくパニックになっているという状況になった。

僕はこのとき、自分も別件でかなり頭を悩ませており、さらに数日間続く微熱に苦しんでいたので、余裕がなかった。結果、一生懸命助言はしたのだが、その態度は上機嫌とは程遠く、嫌々手を貸している感の強い口調になっていたと自分でも思う。そういう状況では上機嫌になどなれなかった。(所詮自分のその程度の人間性か…と痛感した。)

つまり他人に対して上機嫌であるためには、まずは自分で自分のご機嫌をとってやる工夫が必要ということだ。

これにて、自分のことを良く知ること、自分を可愛がってやること、自分を鍛錬すること、ときに自分を甘やかすこと、自分で自分の人生を好きでいること、などなどが、利他的なものとしても肯定される。

皆が利己的に動くことが全体善に繋がるというアダム=スミスのような発想は人間問題においては実に怪しいけれど、この利己的な行動規範や価値観を「他人に対して上機嫌であること」という上位法令で囲いつけてあげることで、大切な人たちの顔を浮かべながら自分のことに集中するという、絶妙なバランスがとれる。

もちろん上機嫌であることの他にも、もっと積極的な他者に対する徳はあるが、その是非は状況や相手の解釈によって幅があり、こういう場合はこうするのが善、という固定化された基準は存在しない。

一方、ただ上機嫌であることは押し付けがましさがない。ここからポジティブな何かを受け取るかどうかは相手にゆだねられている。よって上機嫌が相手にネガティブに働くことはない。

ただ「上機嫌の発現は常にささやかであるべきである」というのも付け加えるべき原則だ。あまりにも見せつけるような上機嫌は権勢になるし、あまりにも浮ついた上機嫌は調子に乗っているだけだ。

ささやかに、静かに、慎ましい上機嫌をベースに生きることが、確かに最上の徳なのかもしれないと思っている。

⑧役に立たないことにこそ価値がある / 余計なことはしすぎるほど良い

役に立つことは素晴らしい。

ただ役に立つものしか評価できない姿勢は、人生を生きづらいものにすると思います。

役に立つというのは道具に対する褒め言葉です。道具というのは何のために使われるかあらかじめ決まっていて、その目的を果たせるかどうかで価値が決まります。だから役に立つという正義がまかりとおります。

紙が切れないハサミや腐ってしまったバナナに価値がないというのは、目的が紙を切ることやバナナを食べることである限りは真実です。

一方で人間は、何か目的があって生まれてくるわけではない。

ただ「在る」のが人間です。

このような僕たちの人生に「役に立つ」の定義なんていうのは後付けのしようによっては無数に考えられます。

しかし、たとえなんの役に立たないように思える人生でも、それを否定することには何の正当性もありません。だってもともと目的や役割を想定されて生きているわけではないもん。

最近はずいぶん豊かな時代になりました。
まだまだ問題はあるし、これから深刻化していくものも多いですが、それでもたいていの病気は治るし、餓死する人口もたぶん歴史上で一番少ない。それどころかスーパーやコンビニにはいつでも食べ物があるし、ファッションだって無数のブランドから選べる。インターネットにつなげば死ぬまで続けても足りないほどの娯楽がある。飢餓よりも飽食が問題になっている。仕事もエンタメ・出版・ITなど正直生きていくのに必要ないもの(第3次産業)のものの比率がかなり高い。つまり僕たちの時間は、生き延びるための活動ではなく、楽しく豊かに良い人生を送るための活動に充てられるようになっている。

これはとてもすごいことだと思います。

しかしながら、その弊害として「生産性が高いこと」「役に立つ経験」「利益につながること」などが手放しに賛美され、そうでないものには何の価値もないとする風潮が出てきているように感じます。

これはとても残念なことです。

役に立つことをすることは素晴らしいことですが、そういう活動にはどこか義務感のようなものが生じます。

では、ただ純粋に僕たちが夢中になって楽しめることをやっているときに義務感なんてものがあるでしょうか。
そういうものって、何の役にも立たないのに面白くってやってしまうものだと思います。

子どもと遊ぶとよく思うのですが、彼らはただ「楽しい」という理由だけで、同じ遊びを何時間も繰り返します。

役に立たない、学びに繋がらない、生産的じゃない。

確かにそうかもしれませんが、それには本当に価値がないのでしょうか。

僕は、何の役にも立たないのに自分の心を強く掴んで離さない何か、それが本当に大切なものだと思います。

だから役に立たないもの価値があると自分に言い聞かせるのです。

目的もなく生まれてきた僕たちは、それに何らかの意味を見出そうと懸命に生きています。「意味がない」という虚空に放り出されることに僕たちが耐えられない。

役に立つことを積み上げて、世の中に何かを残す、誰かのためになることをする。それも生存のためのひとつの方法。これがあるから僕たちは今豊かな時代を生きることができています。

同時に、べき論から逃れて、役に立たないことに夢中になる、人生に遊びのスペースを常に残しておく。それもひとつの生存方法です。

だから「余計なことはしすぎるほど良い」という言葉も大切にしたいのです。

元はスピッツの『運命の人』という曲の一節ですが、真理だと思います。家族や友人同士でのイタズラとか、地域性のある祭りとか、そういう遊び心はとても大切。

こういうスピーディに変化して常に情報が飛び交う忙しい社会で。ついつい効率重視の価値観で生きるのに慣れてしまうと、「余計なことしないで!」「そんなことしてなんになるの?」という言葉が口をついて出そうになるものです。

もちろんそういう規律が重要な場面は多いです。でもそれは価値の一面でしかないはず。

構造的なものに塗れた現代西洋の文化人類学者たちが、部族の社会体系や、有りものからの着想でモノを製作するブリコラージュ手法に感銘したのもなんだか頷けます。
僕たちはもってブリコラージュしていい。綺麗でなくても作品をつくっていい。

余計な動きや余計な創作をするべきだし、余計な手順を楽しむべきだし、たまには余計なことを言うべきだ。

ABOUT ME
ささ
25歳。 副業で家庭教師をやっているので教材代わりのまとめや、世界50か国以上旅をしてきて感じたこと・伝えるべきだと思ったこと、ただの持論(空論)、本や映画や音楽の感想記録、自作の詩や小説の公開など。 言葉は無力で強力であることを常に痛感し、それでも言葉を吐いて生きている。 ときどき記事を読んでTwitterから連絡をくれる方がいることをとても嬉しく思っています。何かあればお気軽に。